井伏鱒二
いぶせ ますじ
作家
文芸評論家の河上徹太郎は井伏鱒二の文学について次のように評している。 ……彼の文学に本質的な特質を取り上げて語ってみるに、井伏の本質は、広い意味における詩人である。すなわち日本人的な生活感情をもって、人生のすみずみにこぼれている抒情身を拾い上げ、それをユーモラスな戯作者気質で表現するところの詩人である。 (中略)
確かに井伏の文学はユニイクである。わが文壇でユニイクなのはいうまでもないが、外国文学にもなおさら類例のないものである。彼は東洋風な詩の静寂境の感性で物を見るのだが、その文章は詩的というよりも散文の描写力の純粋露骨な現れであり、自然の風物に最も動かされながら、表現の技巧は人工的であり、世相人生の機微に感ずる能がありながら、その言葉は空とぼけており、巧みないつわりで人をすかせたりする。彼が自然に対するや、まともにこれと取り組んで描写するというよりも、自然の急所を心得ていて、これをくすぐってキャッといって飛び上がらせるようなところがある。そして古風な田舎の物知りみたいに装いながら、その実、近代的で、都会的で、文学的な人間なのである。
『山椒魚・遥拝隊長 他七篇』「解説」