ヨルシカ(n-buna)の全アルバムのコンセプト
ナブナボカロ時代(2012年〜2017年)
1ndアルバム『花と水飴、最終電車』
「僕が前に出したのは同人としての、個人活動でのアルバムだったんです。今回は初めて全国に流通するアルバムなので、『これだけは聴いて欲しい』っていう人気のある曲も、たくさんの人に届けたかったんです」
――「夏の終わりの1日」っていう一貫したテーマがある作品でもありますね。
「(中略) ……だから今回は、収録している全部の曲が絡み合ってひとつになっているものにしたいと思っていました。『夏』っていうものが出てきたのは、僕が夏が好きだからっていうのが大きいんですけど(笑)。そして、アルバム全体でひとつの流れみたいなものを作るためには、時間経過も描きつつ曲を並べて構成するのが良いなと考えました。だから、朝の曲から始まり、昼、夕方、夜、夜明けという感じで、曲単位で時間が過ぎて行く……というようなものになったんです」
https://youtu.be/gud-tDc5TKk
2ndアルバム『月を歩いている』
ナブナはこのアルバムで童話をモチーフに世界観を統一感した作品をつくることに挑戦しており、アルバム制作を意識して楽曲を作成したとナブナ自身が語っている。
──このアルバムのためだけの曲を書こうという。
今投稿してある「白ゆき」とか「花降らし」とかそういう曲たちも、そこを考えながら作っていたので、アルバムとして1つの流れができていると思います。前回よりも世界観の結び付きや統一がちゃんとできていると。
https://youtu.be/1TRlfCP0sQM
ヨルシカ時代(2017年〜)
1ndミニアルバム『夏草が邪魔をする』
──アルバムタイトルは「夏草が邪魔をする」。文字通り、夏の作品になってます。
n-buna そうですね。僕の作りたいものとして今は夏がブームなので(笑)。夏男なので、年中夏のことを考えながら曲を書いてます。
suis 心に夏があるんですね(笑)。
──昔からそういう傾向がありますよね。
n-buna 夏の情景が大好きなんです。夏の空の青さとか、草原や木陰、川、海、蒸し暑い感じ……全部が好きなんです。僕は情景から物語や歌詞、曲を生み出すタイプなんですけど、夏のちょっと切なくて透明感がある雰囲気が好きだから、いつもそのイメージが出てくるんですよね、たぶん。
https://youtu.be/6EgbGnSJnS4
2ndミニアルバム『負け犬にアンコールはいらない』
これらの話すべてが「君と出会うまでの前世たち」と、「出会ったあとの来世」なんですよ。僕は死生観の表れた作品が好きなので、生命が輪廻していったり、時間をかけて遠い昔の人に会いに行くような、そういう作品を作りたかったんです。「準透明少年」の目の見えない少年だったり、「爆弾魔」のすべてを爆破したいと願う人、「ヒッチコック」で先生に問いかける人……そういういろんな人生を経て、今の自分にたどり着くという。
(中略)
──1つの作品として完結感のあるものを作ろうとする美学が、そこにも顕著に表れている気がしました。
それで言うと、今回のアルバムにはもう1つ、たぶん言わないと気付かないであろう共通したコンセプトがありまして。文学感と言うか、僕は近代の歌人・俳人が好きなのでそこからの引用を入れているんですよ。例えば「爆弾魔」の「青春の全部に散れば咲け 散れば咲けよ百日紅」という歌詞は加賀千代女っていう江戸時代の歌人の作品からの引用。「ただ君に晴れ」には正岡子規の「絶えず人 いこふ夏野の 石一つ」という俳句を引用した、2番サビ前の「絶えず君のいこふ」というフレーズがあります。
https://youtu.be/Ckk9IJwDhNI
1ndフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』
コンセプチュアルな作品作りで、その文学的な物語性でリスナーを引き込んでいくのがn-buna(G・Composer)の作る楽曲の魅力のひとつだが、今作では見事に「物語」として、トータルで「音楽を辞めることにした青年が遠い異国に旅に出て、エルマという女性に向けて楽曲をしたためる」というストーリーが貫かれている。
(中略)
n-buna 『夏草』と『負け犬』を作ったあとに、じゃあ次はアルバム単位でめちゃくちゃコンセプトをしっかり詰めたものをやろうとは思っていて。前は漠然とゆるくつながりがある作品みたいなイメージで作っていたんですけど、今回は完全にひとりの人物が書いたっていうコンセプトにしようと思いました。
https://youtu.be/JFFedRQpqg8
2ndフルアルバム『エルマ』
前作の『だから僕は音楽を辞めた』の続編で、n-bunaの描く物語を軸に楽曲を書き下ろしたコンセプトアルバムとなっている。 今作は、旅をしていた前作の主人公、青年エイミーから送られてきた手紙に影響を受けた少女“エルマ”が曲を手掛け、エイミーと同じ道を辿るというストーリーとなっている。
そもそもこのアルバムのコンセプトでいったら、最初に話したような物語のコンセプトより先に、まずやりたいこととして、芸術の模倣という概念を表現したいという思いがあったんです。前の『だから僕は音楽を辞めた』のエイミーの手紙で、オスカー・ワイルドの『人生は芸術を模倣する』という言葉を引用しているんです。エルマという人間がエイミーが遺した芸術に触れて、それに感化されてそれを真似たものを作る――そういう思いって誰しもにあると思うんですけど、それこそ自分の好きなアーティストだったり曲だったり小説だったり、いろんなものに影響を受けて、自分もそういうものを作りたいと思う、というのが模倣の在り方ですよね。その概念でひとつの作品を作り上げたかったというのが、まず根底にあって。(『ROCKIN'ON JAPAN』2019年10月号)
https://youtu.be/I0KPgxLcGnk
3rdアルバム『盗作』
2020年7月に発表したアルバム『盗作』も、その一つ。このコンセプトアルバムには、主人公がいる。既存の楽曲からメロディやコードなどを盗み、組み替えて作曲をする「音楽泥棒」だ。
(中略)
かつて空き巣として生計を立てていたその男は、幼少時代の初恋の女性(後の妻)と偶然再会。彼女の弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ《月光》を耳にし、音楽で「穴」を満たす感覚を覚え、盗人からはさっぱりと足を洗う。音楽を作るようになり、商業的にも成功するのだが、なかなか「穴」は満たされない。妻も亡くなる。男は「自己破壊」に向かい、音楽の盗作を繰り返す——。
楽曲と物語を通して迫ってくるのは、「芸術の価値はどこにあるのか」という問いだ。
(中略)
ともかく、こうして音楽泥棒は美しいコラージュを作り続ける。しかし、常に欠乏感が絶えない彼にとって、それだけでは物足りない。最終的に、音楽泥棒は自ら週刊誌のライターに「俺は泥棒である」と告白し、商業的・作品的な評価をすべて無下にする「破壊行動」で結末を迎える。ここでやっと、彼にとっての唯一無二の作品が完成したわけだ。
https://youtu.be/8Zf66WSPU9E
1ndEP『創作』
ヨルシカがリリースした新作EP『創作』は、タイトルからも明らかなように、"音楽の盗作をする男"の物語を描いた『盗作』と地続きのコンセプトを持つ一枚だ。
(中略)
―『だから僕は音楽を辞めた』と『エルマ』がそうであるのと同じように、『盗作』と『創作』をある種の対称性を持つ作品にしようというイメージがあったんでしょうか?
n-bunaそこのところが今回の僕のちょっとした遊びなんですけど、僕はそもそも盗作と創作には大きな違いはないと思っているんです。結局のところ、自分が創作物だと思うものも、その人のそれまでの人生の蓄積や、いろんなものに影響を受けて形成された人格の延長線上でしか生まれてこないわけです。そして多様な作品があふれている現代においては、たとえ自分の創作物だと思っていても、創作の歴史のどこかしらで一度は表現されているものに必ずなる。創作は盗作の延長にしか存在しない。今ではそこに境界線はないんです。それはどんなアーティストでもそうです。「意図的に盗んだ」か「意図せず盗んだ」にしか違いはない。そしてそれは心持ちでしかない。どんな気持ちで作ったか、なんてただの情報でしょう。だからこそ、僕は同時期に同じような手段で制作した曲を、ある種の自己批評を込めて『盗作』と『創作』という二つのタイトルで出したかったわけです。
https://youtu.be/GXf33fyxr1M
4ndアルバム『幻燈』(2023/04/5発売)
ヨルシカの文学オマージュ音楽画集となっている。
https://youtu.be/cEeTW4C2GA0