フォーレ『エレジー』
ハ短調 作品24 作曲年:1880 出版年:1883
https://youtu.be/7dgbDqwYF_s
フォーレの「エレジー」をすごく好きというわけではないのですがちょいと必要があって聴いています。
フォーレの音楽で一等気に入っているところは控えめな仄めかしと曖昧さの中で気づかないうちに思いもよらぬ地平に至る意外性、密やかな幸福感に包まれているところ。
ところがこの「エレジー」はあまりにも直接的な悲愴の表現、調性も悲嘆をあらわす典型のハ短調…
なのであまり聴いてこなかったのですが、むかし大人になってからチェロをやり出した知人が「この曲が弾きたくて始めた」と言っていたり、チェロの定番レパートリーにも入っていたりして一般には広く受け入れられている楽曲でもあります。
出版された当時も非常に人気があったようです。
「エレジー」のちょっとした解説
はじまりはピアノの葬送の歩みにチェロの内面的な感情の吐露、緊張感をもった主旋律が流れ出す。
この冒頭の悲痛なメロディに対して柔らかく曲くねった道をゆく優しいメロディ(動画の2分55秒あたり)が置かれますが、張り詰めた緊張感のあとに副次的な軽めなメロディをもってくるのはフォーレがよくやる方法です。
どこまでも深く沈み込んでいく最初のメロディ、この中のドレドソという短いモチーフ(Aとする)は曲全体に通底して流れています。
このモチーフは短調から長調に転じた幸福なモチーフ(こちらはBとする)では鏡写しのようにひっくり返して活用されます。そして最初のモチーフAはピアノによるBのモチーフと重ねて鳴らされます。(譜例1)
この幸福なメロディは再現部でもう一度あらわれますが、一度目は現実の幸福だったものが二度目はもうそこにない幸福、あるいは本人の記憶からもほとんど失われてしまったかのような儚さで再現されます。
こういう同じものが違ったものとして反復されるのはフォーレに限らずですが、音楽の形式の持つすごさだなと思います。
また、フォーレの音楽の柔らかさの源として四連符に三連符をのせる技法があると思います。(譜例1)
もともと三連符にはしなやかさが備わっていますが、そこに3:4の割り切れなさ不安定さが自由な柔らかさ、軽やかさをもたらしています。
https://gyazo.com/53873e38116c07dd9e8397ae04f13edb
ところでこの曲はフォーレにしては表現が直接的過ぎると書きましたが、そんななかにもフォーレらしい控えめな優しさも隠れていて、そういう微妙なニュアンスのハーモニーを見つけると幸福な気持ちになります。
例えば譜例2で囲んだ和音など…(動画5分17秒あたり…これは聴き取りにくいかも)
https://gyazo.com/d8db6d212106fcc309b8777f5c55862d
フォーレの音楽には持続のなかで曖昧なまま少しずつ変化していくという特徴があります。
サラッと聞き流してしまうと気づかない何気ないニュアンスを見つけるのが密かな楽しみであり、聴けば聴くほど味が出るスルメ的な音楽です。(これは逆にパッと聴いてもよくわからない曲も多いと言うこともできる。)
フォーレはドビュッシーやラヴェルと違ってほとんど標題音楽を作らなかったことからも想像されるように、音楽にとても抽象的な表現を求めた作曲家でした。
「エレジー」の最後は高揚した感情が徐々に鎮静化していき最後には溶けてなくなるように終わります。
この悲愴なAと柔らかなBという相対するものがだんだん緩んでいき鎮まるというのはフォーレの音楽の特徴でもあります。
また激情が渦巻いているからといってテンポを大きくゆらしたりしないのも特徴として挙げられます。
ブラームスの音楽における"歩み一定の法則"に見られる柱廊のようなどっしりしたテンポ感とはまた違った厳粛な趣きをもたらしています。
「エレジー」はもともとチェロソナタを書くつもりで、その緩徐楽章として作曲されましたが、結局このソナタは完成しませんでした。
晩年近くになって作曲した「チェロソナタ第二番」の第二楽章にも「エレジー」から続く鎮静と和らぎが聴き取れます。
「エレジー」以降このような感情を率直に露わにした曲は書かれなくなっていきます。
ロマン派的な作風の終わりをつげる曲でもあり、生涯を通して流れるフォーレ節も含んだ作品でもあります。
※譜例はパブリックドメインの楽譜を使用しています。
動画の演奏者は・・・
チェロ:ピエール・フルニエ ピアノ:アーネスト・ラッシュ
ちなみにチェロとピアノのために書かれた作品ですが、のちにオーケストラ版も作られました。
こちらの演奏は・・・
チェロ:ポール・トルトゥリエ 指揮:ミシェル・プラッソン
トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団