ストレス
このストレスという言葉は、一九三〇年代にカナダのハンス・セリエという科学者が提唱した「ストレス学説」の中核をなす概念である。 1936年頃からセリエ博士は卵胞ホルモン(エストロゲン)や黄体ホルモン以外の第三の卵巣ホルモンを見つけようとしていた。卵巣のエキスを卵巣や脳下垂体を摘出したネズミに注射すると、「副腎皮質の肥大」「胸腺やリンパ組織の萎縮」「胃十二指腸の出血性潰瘍」という反応群(症候群)が生じた。卵巣エキスの中にそういう変化を引き起こす未知の因子があるのだと信じて実験を進めた。ところがその後、腎臓や皮膚のエキスを注射しても同じことが起こり、訳が判らなくなった。試みに組織障害性の強いホルマリンの希釈液を注射すると、エキスよりももっと強い程度の症候群が生じて、大いに落胆した。しかし数日後、「いろんな障害に対して身体が決まりきった症候群を示すこと、それ自体が研究に値するのではないか」ということに気付いた。結局、未知の性ホルモンの発見よりも重大な学説の創造につながった。その後、用語の曖昧さを避けるために、「ストレス状態」を起こす要因を「ストレッサー」(訳語:ストレス作因)と呼ぶことにした。ただし、学説というのはあくまでも「説」ですが。 セリエは有害作用(ストレス)に対する実験動物体内の非特異的反応(ストレス反応)の研究を進め、ストレス反応が警告反応期、抵抗期、疲憊期の三つの時期からなることを明らかにした。またストレス反応を起こす経路には、脳下垂体→副腎皮質の内分泌系によるものと、自律神経系によるものの二通りがあることを示した。このうち内分泌系による反応経路は、セリエと彼の弟子であったギルマンらによって解明されたが、自律神経系による反応経路の解明には手がつけられず、現在もほとんど不明である。 くま子.iconつまり、ストレスが自律神経(交感神経と副交感神経)に影響を与える回路が未だ分かっていない。例えば、ストレスを抱えて交感神経優位になると、肩こり、頭痛、口の渇き、寝付きの悪さ、不眠、動悸、感覚過敏の症状が現れるとされるが、その作用機序は分かっていない。 【参考】
杉晴夫『ストレスとはなんだろう 医学を革新した「ストレス学説」はいかにして誕生したか (ブルーバックス)』