キップ・ハンラハンについて
https://www.youtube.com/watch?v=wTRJqflLHsU
僕がここ10年ぐらい定期的に聴いてるアーティストがいます。NYでアメリカン・クラーヴェというレーベルを主宰しているキップ・ハンラハンというアーティストです。上の曲はソロデビューアルバムから。(1981年作) このキップ・ハンラハンという人は自分の演奏を主体にしてアルバムを作る人でなく(打楽器奏者ではあるそうですが、僕は演奏しているところを見たことがありません)何人かのミュージシャンを集め、演奏してもらい、独自の音響空間をデザインするタイプの人です。プロデューサー、コンポーザー、指揮者の役割に立って、ソロアルバムとして発表する感じですかね。
ハンラハンの音楽の基盤はクラーベから成り立っています。 クラーヴェとは、アフロキューバン音楽(ラテン音楽)のテンポを構成するリズムパターンのことですが、ハンラハンのサウンドはクラーヴェを基盤にしながら、アフロキューバンのそれとはまた一風変わった、まさに「アメリカ」という多文化のごった煮を体現しています。
これは彼の生い立ちが深く関係しています。ハンラハンはブロンクスのプエルトリコ人居住区でアイルランド系ユダヤ人の家族として生まれました。彼はユダヤ人でありながら近所のプエルトリコ人からクラーヴェのリズムを吸収し、「アメリカ」に住むラテン系のアーティスト達と交流を深めていきます。
アメリカン・クラーヴェというレーベル名は、中南米で鳴らされるクラーヴェ(アフロキューバン音楽)ではなく、アメリカ(NY)で鳴らされるクラーヴェである、という彼なりの意志表明があらわれていると思われます。
また、大学時代に映像作家/詩人のジョナス・メカスに出会います。メカスは彼に多大な影響を与え、映画監督になることを目指しますが、挫折。しかしその経験はイメージと音楽の相互作用という面で彼の芸術的視野を広げていきます。 彼のアルバムには様々なジャンルのミュージシャンが参加しており、カーラ・ブレイ、テオ・マセロ、ドンプルレンやスティーブスワローなどのモダン/アヴァンギャルド/フリージャズミュージシャン、ミルトンカルドナやホラシオ「エルネグロ」エルナンデスなどのラテンジャズプレーヤー、そして時々アート・リンゼイ、ビル・ラズウェル、フレッド・フリス、スティング、ジャックブルース、グレイソンヒューなどのロックミュージシャンを組み合わせて、プレーヤーと素材を組み立てます。 そこに彼のユダヤ人的エキスとメカスから授かった詩的世界を隠し味に加え、まさにアメリカ(NYブロンクス)でしか鳴らされない独自の音楽世界を構築しています。
ファーストアルバム『COUP DE TETE』はそのごった煮感が一番出ているので選出しました。クラーヴェのリズムが絡み合いながらも、ベースの独特なうねり、アート・リンゼイの神経質なギターが飛び出したり、アフロキューバンのカラッとした雰囲気とまた違うブロンクス独特の湿った風景が想起させられます。(行ったことないけど)この土着的なサウンドを使用しながら都会的であるバランス感覚は異常であり、『クールの誕生』よりよほどクールではないか。ハンラハンはとにかく音楽界隈でも全く知られていないアーティストですが、もっと評価されていいと思っています。 なぜマイナーな彼を取り上げたかと言うと、彼の音楽は音楽的にも素晴らしいのですが、アメリカの歴史やその存在、分野横断的に語れそうな部分が多そうだったからです。
また彼は不朽の名作であるアストル・ピアソラの3部作をプロデュースしたり、プロデューサーとしてかなり有能な仕事っぷりを発揮したりしています。プレイヤーの酒代を払わなければならないため、いつも貧乏らしいですが。