アルバート・アイラーの奇妙なサックス
https://youtu.be/7PAJeWlpnfA
これの一曲目『Spirits Rejoice』を聴いていただきたい。何か郷愁めいた陽気なメロディ(しかも妙に不安定な!)から始まるのだが、それは軍楽隊の起床合図のラッパのようなものに変化し、フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』のメロディが鳴らされる。軍楽隊がバランスを崩したマーチのようだが、それは徐々に輪郭をなくし、近所のおばちゃんの叫び声と醜いカエルがゲコゲコ唸っている世界に突入する。面白いのは軍楽隊がたまに復帰してくることだが、それは混沌の渦に巻き込まれ、秩序なき空間に統合されていく。(ジャズは元々南北戦争の軍楽隊が廃棄する楽器類を回収した黒人たちが始めたことを考えると、起源めいたものを感じる) 菊地成孔が語るところでは幾何学的なフレージングがモダン・ジャズの一要素で、チャーリー・パーカーもコルトレーンもドルフィーもオーネット・コールマンもそれを取り入れているのだが、アイラーは幾何学的に、リズミックに吹くことを最初から放棄している。ドルフィーもコールマンも無秩序に見えて今聴いてみるとかなりスタイリッシュに聴こえるものだが、アイラーはそれらのスタリッシュさからかけ離れた泥遊びのような様相を呈しており、コルトレーンのような生真面目な神学ともまた対極にあるようなあくまで泥遊びの世界に留まり続けているのである。 コルトレーンがクソ真面目(これも様々な異論があろうが)だとすると陽気なメロディが転落したり底抜けするようなアイラーはクソ真面目な馬鹿であり、クソ真面目な馬鹿にしか出せないようなパワーに溢れている。アイラーは「Spirits」と銘打つようにスピリチュアルには精通しており、元々宗教に熱心な中流家庭の出である。霊性的なものを無視しているわけでなく、むしろそれを追求する結果こうなったと思われる。
アイラーの名盤に『Spiritual Unity』というアルバムがあるが、これは言うたら「内と外の溶解」の「霊性統合」の意味である。内なる境界線はサックスにより溶解する。霊性統合、つまりは陽気な郷愁のメロディ、軍楽隊のマーチ、フランス国歌、おばちゃんの叫び声、カエルのゲコゲコ、黒人霊歌的etc全ての異質な世界が統合し一つになるのだ?