アイドルと夏フェス
アイドルと夏フェスは相性が悪い。
これは直感的に頷かれる方もいると思う。
しかし、これをきちんと言語化しようとすれば、夏フェスの歴史から振り返る必要がある。
「夏フェス」という言葉はいまや日常に浸透し、夏の定番イベント、夏の風物詩となっている感もある。ガールズバンドのSHISHAMOが『君と夏フェス』というように曲のタイトルに採用していることも、夏フェスという言葉が日常化していることの表れのように思う。
日本の夏フェスの源流を辿ると、フォークソングの時代のフォークジャンボリーなどになると思う。だが、現代的な意味での夏フェスの元祖といえばやはりフジロックフェスティバルと言えるだろう。初開催が1997年である。フジロックの特徴は洋楽アーティストの多さである。邦楽アーティストが出ていないわけではないが、洋楽アーティストがやはり多い。洋楽アーティストが多ければ必然的に集まるのはコアな音楽ファンである。つまり、初期のフェスはコアな音楽ファンが集まるものであったのである。
ちなみに少し時代が下るが、洋楽アーティストが多いフェスと言えば、サマソニの愛称で知られるSummer Sonicもそうである。初開催が2000年である。
この洋楽アーティスト中心の流れに一石を投じたのがやはりロックインジャパンである。初開催がサマソニと同じ2000年だ。ロックインジャパンはほとんどが邦楽アーティスト中心のフェスである。これにより、夏フェス大衆化の流れが一気に進んだように思う。しかしそれでも完全な大衆化には至らない。なぜならロックインジャパン特有の出演アーティストの空気感がやはりあるからだ。この傾向というのは言語化が難しいが、ロックなというべきか音楽をきちんと作りこんでいるようなアーティストが呼ばれる傾向があり、ファンもそれを望んでいるような所がある。つまり邦楽中心になり、フジロックよりも大衆化は進んだものの、それでもやはり完全な大衆化に至らないような一線をロックインジャパンは敷いている。
そこに風穴を開けたのが2017年のももいろクローバーZ、2018年の欅坂46のロックインジャパン出場であった。アイドルが音楽ファン向けのフェスに出るというのは非常に衝撃的であった。当時から賛否両論があっただろうし、それは今でもあると思う。一番最初にアイドルを呼ぶときには主催者側にもかなりの葛藤があったのではないかと想像される。しかしそれでもやはりここにもまだ一つの一線があると考えられる。というのはいくらアイドルを呼ぶといっても、AKBや乃木坂が出られるかといえば、そうではないからである。これは欅坂だからぎりぎり可能であった、ぎりぎりの所でファンを納得させられることができたというのがある。欅坂だからロックインジャパンの品格を保つことができる。これでAKBや乃木坂までもが出演するとなれば、そこには本当に境界線が無くなってしまい、色々なことがなし崩しになっていき、ロックインジャパンのアイデンティティもわけがわからないものになっていくだろう。これはAKBや乃木坂が悪いということではない。むしろはじめ.icon個人的には好きである。問題はロックインジャパンの空気感との兼ね合いなのである。
はじめ.icon