はじめのちいかわ日誌
2026/6/19金
あくむ⑤。
2026/6/16火
あくむ④。
2026/6/12金
あくむ③。
2026/6/9火
あくむ②。
2026/6/5金
あくむ①。
2026/5/29金
散切り頭②。
2026/5/26火
散切り頭①。教科書に出てくるざんぎり頭も、元はこういう漢字だったのだろうか。
2026/5/22金
試験の夢。
2026/5/19火
先生と討伐②/コンビーフ丼。
2026/5/15金
先生と討伐①。
2026/5/12火
ラーメン「山」/緊張。
2026/5/8金
カニ/カニあいさつ。やっとカニちゃんになったなぁ。ていうかカニちゃんのカニってアクセサリーが常態化したものだったのか。
2026/5/5火
ふたつ/ともだちにあげる。
2026/4/24金
2026/4/21火
2026/4/17金
2026/4/14火
おちょコーラ/焼きカボチャ。
2026/4/10金
ダブルクリーム。
2026/4/7火
武器/クリーム。
2026/4/3金
あのことでかつよ②。
2026/3/31火
あのことでかつよ①。
2026/3/27金
下克上と特訓⑥。
2026/3/24火
下克上と特訓⑤。
2026/3/20金
下克上と特訓④。
2026/3/17火
下克上と特訓③。
2026/3/13金
下克上と特訓②。
2026/3/10火
下克上と特訓①。
2026/3/6金
あのこを討伐②/強くなる。「強さ」とは何なのか。高潔な強さと無慈悲な強さがあるとしよう。ちいかわの中でいうと、高潔な強さを持っているのは、ラッコ先生、一応うさぎ、戦闘シーンはないもののおそらく強いであろう鎧さん、でかつよ。一方、無慈悲な強さを持っているのは、あのこ、モモンガである。ここで事情が複雑になるのは、モモンガが無慈悲なのは確実なのだが、モモンガは強さを捨てて、可愛さを選んでいるからである。一般的にどんな人でも、強さを手に入れるチャンスがあるならば、強さを手に入れたいのではないだろうか。それが高潔なものか無慈悲なものかは置いておいたとしてもである。だがその誰もが欲しがるであろう強さを自ら放棄したのがモモンガなのである。その代わり貪欲なまでに可愛さを求め続ける。仲間がやられて泣きじゃくっているモブをその表面的な可愛さだけを見て真似をするというのは、サイコパス以外の何者でもない。一方、あのこは相手の気持ちがわからないわけではない。自分が弱者出身であるということと、食べる前に自分の弱者時代が頭によぎりさえするからである。だがあのこは食べる。むしろそれを楽しんでいるような所さえある。モモンガのように相手の気持ちがまったくわからないのも問題であるが、あのこのように相手の気持ちをわかっても行為を実行できるというのもモモンガ以上に残酷であるともいえる。これは一般社会にもあって、例えばいじめられていた過去を持つ人は、その痛みがわかるので、自分がいじめをしないのはもちろん、いじめられている人を助けたりする場合がある。だが一方、自分がいじめられていたがゆえに、何か鬱屈したものが心にあり、何らかの機会に自分がいじめる側になり快感を得るタイプの人も存在するだろう。それが個人単位でも、民族のような大きい単位でもある。このような問題をあのこは表現している。「力を持つ」ということが抱える問題がかなり先鋭的な形で表現されているといえる。
だが無慈悲な強さが、いつも問題だという単純な話でもない。例えば、『るろうに剣心』においては、剣心が高潔な強さを持ち、志々雄は無慈悲な強さを持つ。これはるろうにに限らず、少年漫画で主人公が高潔な強さを持ち、悪役が無慈悲な強さを持つというのはありふれた構図である。ただ剣心は、逆刃刀に象徴されるように、特にこの高潔な強さが表現された人物である。剣心の高潔な強さが持つ問題点が二つある。一つは、そのことにより大事な人を守れなくなる時があるという点である。もう一つはそれが何のため、誰のためなのかという点である。一つ目については、剣心は敵であっても相手にとどめを刺さない。それは物理的には逆刃なのでとどめが刺せないのであるが、精神的には不殺の誓いを立てているからである。もちろん不殺の誓いを立てているから逆刃を使っているわけで、ここの精神面と物理面は連動している。なぜ剣心は不殺の誓いを立てているのだろうか。それは自分が人斬りの時代にあまりにも多くの人を殺めてしまったことに対する後悔の念があるからである。だがそのことで敵にとどめを刺さないがゆえに、その敵が復活してきて剣心や大事な人をピンチにさらすという場面が多々ある。それは、敵を殺さない代わりに、大事な人や自分の命が危うくなるという側面を有しているということである。敵が生きて大事な人が死ぬという場合もありうるということである。それでは剣心は何のために不殺の誓いを立てているのだろうか。他者を守るためだろうか。否、上に書いているようにむしろ不殺の誓いのために他者を危険にさらしている。結局、剣心が不殺の誓いを立てているのは自分のためである。自分のトラウマ、過去への悔恨、そのための不殺の誓いである。つまり、自己中心的、自己都合の側面があるということである。ここまで来ると、このような高潔な強さというものは、良いものといえるのだろうかということが疑問に思えてくる。
あのこを擁護するわけではないが、あのこは何も虐殺をしているというわけではない。自分に刃向かってくるものから食べるというマイルールのようなものもあるようだ。そして、あのこがちいかわ族と対峙するのはちいかわ族があのこを討伐しにくるときなのである。だがそもそもちいかわにおいて、「討伐」というシステムが根本的な謎を孕んでいる。例えば、ウルトラマンなどにしろ、怪獣というのは基本的に地球人に悪さをするので、ウルトラマンがそれをやっつけるというのが基本的パターンである。つまり、先制攻撃ではなく、専守防衛、正当防衛なのである。おそらく暴力を正義としておおっぴらに正当化するのはこのパターンしかない。このパターンにおいてしか正義と悪という構図を作れないからである。そしてヒーローは絶対的に正義でなくてはならないからである。そうでなければ、ヒーローの暴力を正当化できないからである。だがちいかわの世界の討伐は少し事情が異なる。なぜ討伐が行われるのかの理由がわかないのである。例えば考えられる理由としては、でかつよ族がちいかわ族に悪さをするので、ちいかわ族はでかつよ族を駆逐する必要があるというものである。しかし、自分の知る限り、そのような描写がされたことはない。確認できることだけから判断すると、討伐というのは一つの職業システムに過ぎないのである。ちいかわの世界においては、仕事をしてお金を稼がないといけないというシステムの描写が鮮明に存在する。ファンシーな世界観とお金を稼ぐというシビアな描写が混在している所が、ちいかわの面白い所である。さらにシビアなのはその仕事に格差があることである。シーサーのような能力がありスーパーアルバイターの資格が取れるものには、ある種ホワイトカラーの仕事が与えられるのだが、ちいかわやはちわれなどには紹介所で斡旋される日雇い労働しか与えられないのである。例えば、レモンのシール貼りの仕事などは、刑務所の作業を想起させるものがあり、作業所もひび割れているなどして、まさに刑務所のようであるといっても過言ではない。他にも草むしりなどが代表的な仕事であるが、そのような仕事のうちの一つとして討伐が存在している。つまり、討伐には人類を守るためというのは大儀名分はなく、あくまでもお金を稼ぐ手段の一つに過ぎないのである。そのような状況で、自分を討伐に来たものを食べたとしても、あのこが責められる所以はないであろう。それではあのこがサイコパス性を帯びる理由はなんだろうか。これは上に書いたこととも重なるが、一つはあのこが元々ちいかわ族であるということ、それゆえあのこは相手に対する共感性を有しているはずなのに、現在自分が有している強さを無慈悲に発揮してしまうという点、もう一つはあのこが殺りくを楽しんでいるという点があること、相手を油断させてから食べるというようなことをしているという点があること、このような点があのこのサイコパス性を際立たせている。だがもう一度書くが、あのこから何か先制攻撃をしているわけではないという点、つまり身に振る火の粉を払っているだけだという点は押さえておかねばなるまい。その点からいえば、むしろ非はちいかわ族の方にあるということすら言える。
2026/3/3火
あのこを討伐①。
2026/2/27金 
ドラ焼き布団/軸汁。
2026/2/24火
うさぎの家②。すごい展開だ。
2026/2/20金
うさぎの家①。
2026/2/17火
マイ時計/お風呂に行こう。
2026/2/13金
鬼カレー③。写真がこちらでも出てきたか。
2026/2/10火
鬼カレー②。
2026/2/6金
鬼カレー①。全盛期の中田英寿を彷彿とさせるうさぎの周囲確認。
2026/2/3火
ダブルで/外カレー。
漫画の話。あのことでかつよとの対比について。あのこはずっと搾取される側であったのだが、自分が搾取する力を手にしたときに、その力を喜んで使い自分が搾取する側へ回る。一方でかつよの方は搾取できる力を持ったとしても、以前の心を失わずにその力を行使はしない。人生の究極の問題の一つだな、これは。元来このような問題は、勧善懲悪の形で提示されてきたが、ナガノはそうしないで、それをありのままに描写している感じがする。そしてそれが現実に近い。
でかつよが自分の写真をみて「これは自分じゃない」と言うのは、本当に切ないものがあるな。そして最後にその写真を指で隠す。またその直後にモモンガの写真回をのせるというのもすごい。
2026/1/30金
サボっちゃう/唐辛子。このBGM、、、
2026/1/27火
集中/おまけケシゴム。
2026/1/23金
山姥⑥/友情かな。やるかやられるかの死線をかけた闘いだったということか。闘いが相互関係で成り立つとすれば、それに気づいていたのはうさぎだけ。山姥は一方的に搾取する側の認識しかないし、ちいはちは何も気づいていない。山姥が「闘い」の認識をしないことで、何を失ったのか。それは「相手が攻撃してくる可能性」の認識である。そしてそれは「油断」を意味する。山姥に少しでも「闘い」の認識があれば、うさぎが取ってきた食糧に警戒の意識を持てたかもしれない。うさぎからすれば実にイージーな闘いであったはずである。相手がノーガードだからである。山姥の自己意識においては一方的に搾取しているのだが、実態は真逆で、うさぎから一方的に搾取されているのである。
2026/1/20火
山姥⑤。行動することにより危機を回避すること。そのためには現実の徹底した観察。やはりこれがうさぎの能力。行動することにより、危機を招く場合もあるのだが。この3人が3人であるとのバランスの良さ。うさぎがいなければ、二人は死んでいるかもしれない。だがうさぎがいなければ、そもそも危険なところには行かないかもしれない。
2026/1/16金
山姥④。
2026/1/13火
山姥③。古典的なやまんばストーリーをなぞるのかとおもいきや、鰹節かい。
2026/1/9金
山姥②。ほのぼのとさせればさせるほど、段々信用ができなくなってくるのがちいかわ。
2026/1/6火
山姥①。やはり最初に捕まるのはうさぎか。
2025/12/26金
プリンリベンジ/また生え変わり。
2025/12/23火
お昼寝/あまえん本。
2025/12/19金
下克上と先生②。いやぁラッコ先生いいなぁ。気抜くと、ちいかわ達と同じ表情になるの面白い。ラッコ先生って一歩間違うと張りぼてキャラになりかねないんだけど、むしろそれが好感度を上げている。強いのは実際に強いからな。
2025/12/16火
下克上と先生①。これって『信長の野望』みたいなゲームなんじゃぁ、、、ちいかわは軍師タイプの才能はあるのだろうか。わからない時の先生の表情が急に可愛いくなるのよき。
2025/12/12金
未来を信じている。ほのぼの回なのかどうなのか、最後まで観てみないとわからないのが『ちいかわ』。なぜこんなにもただのネットカフェがボロくて不穏なのか。
2025/12/9火
デラウェア/まもる君。やはり彼は言語で世界を描写することそのものに喜びを感じているようだ。「それってぶどう?」じゃなくて「それってデラウェア?」と聞くのが『ちいかわ』。この話においては、うさぎのほっぺの描写やはちわれの大きさに対する発言など、小粒であることがカギとなっている。それゆえ、普通のぶどうではなく”デラウェア”でなくてはならないのである。また、ちいかわ族の中では言葉を話せない者も多く、言葉を話す少数の者、ラッコ先生やシーサーなどは卓越した能力を有している。もちろん言葉を話せること自体が卓越した能力なのであるが。そのような中で、言語は生得的なものななのか経験的に獲得されたものなのかは定かではないものの、話せないものとの比較における優位性、もしくは後天的に獲得できたことに対する喜び、このような点において、はちわれは言語化に喜びを感じているのではないかという仮説が思い浮かぶ。はちわれの性格を考えると、他者との比較というよりは自分史の中での獲得に喜びを感じているということであってほしいとは思うが。ヘレンケラーは、水という現実の物質と「ウォーター」という名辞の照合を理解したときに無上の喜びを感じ「ウォーター!」と叫んだという逸話は有名であるが、これは盲目であるがゆえに感じることができた喜びである。ヘレンケラーの喜びは、人類がある物質にこの名前を付けていること、それを理解できたことによる喜び、さらに言えばその集団による活動に自分も参与できたという実感による喜びである一方、はちわれの喜びは、世界を言葉で描写するという自らの能動的な行為を喜んでいる。
2025/12/5金
拾魔⑨。これで拾魔編も終わりか。改めて、全く子供向けではないよなちいかわは。今の子供ってどういう感覚で観てるんだろう。自分が子供のころにはこういうアニメは無かったな。元々クレヨンしんちゃんも大人向けだったんだけどな。
2025/12/2火
拾魔⑧。やはり最後に二人を救ったのはちいかわだったな。特攻隊長的に危険に飛び込むか、危険を持ってくるのがうさぎで、ここは自分で何とかできるという自信も元になってるんだろうけど、好奇心と鈍感さでそれにはちわれが続いて、二人が罠に嵌まってしまい、慎重なちいかわが無事で決死に二人を助けるというのがいつもの展開。
2025/11/28金
拾魔⑦。確かに。心情的には石になったはちわれを追いたくなるが、ここで追ったとて何にもならない。彼らが助かる可能性があるとすれば、蛇を追うという選択肢しかない。ちいかわは咄嗟の場面でこれ以上ない最適解を選んだということだ。
2025/11/25火
拾魔⑥。ちいかわが本領を発揮する布置が整ってきたな。
それにしても島編、映画化決定か。前々から言われてはいたけど、本当に決まるとはな。
2025/11/21金
拾魔⑤。
2025/11/18火
拾魔④。不穏だ。これがちいかわだな。ためにためて出た言葉が「ビー玉」っていう比喩的な描写だというのが面白く、やはり彼は現実を言葉で描写することに命を燃やしているというか、言語で描写することそのものが彼にとって重要なことなのだろう。
お土産という形で石が拡散される。その石を持ったものはその場所へ招き寄せられ、彫刻をすることになる。彫刻を一定時間していると自分も石になる。それがまた招き寄せられたものに彫刻される。彫刻された石がまたお土産という形で外部に拡散される。このような循環システムのからくりということか。自分が石になる前に、外部に石を持ち出すという行程が入る。
2025/11/14金
拾魔③。
2025/11/11火
拾魔②。
2025/11/7金
拾魔①。
2025/11/4火
筋肉/確実。
2025/10/31金
たい焼き/ハンバーガー。
2025/10/28火
カップ焼きそば/焼きそばごはん。
2025/10/24金
水風呂リベンジ。
2025/10/21火
オデ解雇③。
2025/10/17金
オデ解雇②。
2025/10/14火
オデ解雇①。ビックカツの嚙み切りにくい感じがよく表現されている。
2025/10/10金
生クリーム/しっぽやってみる。
2025/10/7火
スープ付きお昼/赤福。
2025/10/3金
こんがらがった/亜種。亜種か~。
2025/9/30火
たこぎ②。「たこ着」ってことだな。
2025/9/26金
だだちゃ豆/たこぎ①。だだちゃ豆は主食に近いらしい。
2025/9/23火
しっぽ。ちいかわ、流石の危機察知能力。
2025/9/19金
せんせい/カレー。
2025/9/16火
エスカレート/島らっきょう。
2025/9/12金
湧いた湧いた。
2025/9/9火
涸れた⑦/つっぱっぱ。フィジカルなまぶしいは精神的なまぶしいに還元されるんだな。
2025/9/5金
涸れた⑥。はちわれがももんがと言語ゲームをし続けている。何かすごいものを見せられている気がする。もしももんがが最初は悪気なく言っていたとしても、普通は相手が切れるから、それでももんがも切れることになる。モモンガの方は悪気がないから、自分が先制攻撃されたような気になる。つまり、怒りが反響しあうような形になる。
2025/9/2火
涸れた⑤。
2025/8/29金
涸れた④。ちいかわとはちわれは排除の原理をもたない。ちいかわは持てないし、はちわれは持たないという違いはあるにせよ。本当はちいかわは排除したいができない。はちわれはそもそも排除しようと思わない。それははちわれの鈍感さがなせるわざなのであるが。排除の原理を持つのはうさぎだけだから、うさぎがいない場合、モモンガという悪に搾取されるつづける。ただはちわれははちわれなりの問題解決能力をしっかりと持つものであるから、これがどういう形になるのか。そもそもはちわれは排除の原理を持つ必要がない。なぜなら排除を必要とするためには、侵入という前段階を必要とするからである。侵入されるから排除する必要が出てくる。はちわれは鈍感なためこの侵入が起こらない。モモンガに搾取されていてもそれを搾取と認識しないために、優しくし続けることが可能となる。そう考えると、うさぎはこの搾取に敏感に気づくからこそ排除の能力を発揮する。うさぎは決して鈍感なわけではないのである。うさぎの高い問題解決能力は、現実検討能力の高さに裏付けされている。鈍感であるとこの現実検討能力を同時に失うこととなる。危険に対して積極的に進んでいくというのは、はちわれもうさぎも同様なのであるが、はちわれはそもそもそれを危険と認識していないのに対して、うさぎは危険の匂いを感じつつも、同時に「何かがあっても自分ならどうにかできる」という自信があるため、危険に飛び込んでいく。うさぎの場合、危険と気づきつつも、好奇心とかスリル、楽しみを求めているのであろう。
2025/8/26火
涸れた③。
2025/8/22金
涸れた②。
2025/8/19火
湧きドコロ④/涸れた①。おにぎり降る。降るおにぎり。
2025/8/15金
湧きドコロ③。
2025/8/12火
湧きドコロ②。
2025/8/8金
湧きドコロ①。栗饅頭パイセン、勝手に孤高の人なのかなと思ってたけど、そうではないようで良き。モブが基本優しい。
2025/8/5火
泡盛コーヒー/二日酔い。
2025/8/1金
寄生②/毛玉。はちわれの体言止めというか逆さに言う構文って、感情的な感想を先に言うとああいう言い方になるのかもな。はちわれの友人想いなどの善良さとサイコパスさの共存について。これは炭次郎にも通じるところがある。はちわれは現実が見えておらず、いつも現実を見ているのはちいかわだ。でも見えていないからこそできる行動、見えていないからこそ現実に対処できるという逆説。生きるために必要な適度な取捨選択が行われているとも言える。一方、ちいかわは全ての刺激が均等に押し寄せてくる、もしくはネガティブな側面が強調される。
2025/7/29火
寄生①。なんか色々とシュールだ。
2025/7/25金
あげ玉/みかんそうめん。
2025/7/22火
純露/ツノ。
2025/7/18金
生地/ギョニソ。
2025/7/15火
かき氷シロップ。今日から再開。
2025/7/11金
カキ/締めのステーキ。
2025/7/8火
たこウィンナー。
2025/7/4金
スライスチーズ/チータラ。パイセン、チー鱈二本あげるの偉い。
2025/7/1火
助手なんだ/お師匠。
2025/6/27金
強くなるには。ラッコ先生いいな。
2025/6/24火
虫、ギチギチ/危なかった・・・な。ラッコ先生かっこ良すぎる。車がかわいいのがギャップがあってまたいい。
2025/6/20金
スーパーアルバイター②。
2025/6/17火
スーパーアルバイター①。
2025/6/6金
郎の練習/攻略サイト。
2025/6/3火
あのこ。これは考えさせられるな。辛い現実がある中で、その現実から逃避する手段を持ちながら、いつも現実に戻る方を選んできたのがちいかわ。その辛い現実に戻らない方を選ぼうとしているのがあのこ。古今東西従来の物語では、もちろんちいかわ型が肯定されて、あのこ型は否定されるのが常なのだけど、少なくともこの回においては、あのこ型はあまり否定され切ってはいない。ここがナガノのすごいところなのだけど、なぜ古今東西従来の物語では、あのこ型が肯定されて来なかったかという理由もあって、これが肯定されてしまうと、「文学」や「物語」というものの大前提が崩れてしまうからだろう。それは詰まるところ、「人間が生きていくため」ということにつながる。それは集団、個人共に。逆に、この回における否定的な要素を考えてみると、「強さ」や「安心」が弱いものを駆逐した上で成り立っているということ、つまりこれはその個人における快であって、集団における快ではないということ、むしろ集団に対してはマイナスを与えるうえで成り立つ個人のプラス。またそれとつながりがあるけれども、他者と喜びを共有するということは彼にはこの先訪れないだろうということ。彼が以前に行っていた他者とお菓子を共に食べるような喜び、彼が強さを手に入れた代わりにこれを犠牲にしているということ、そしてちいかわが「楽」を放棄する代わりに、大事にしていることがこのような他者とお菓子を食べる喜びということ。このような些細な幸せを守る代わりに、辛い現実と向き合う選択をし続けているということ。人間がこの世に生き続けていくということを選ぶならば、このような考え方をするしかないだろう。するというよりは至るということかもしれない。それが一つの悟り。
2025/5/20火
おそろい。
2025/5/16金
おかし買えたよ。新しい装置、使えるか不安になる気持ちよくわかる。労働の場や内容っていうのが、やはり刑務所感がある。単純作業、無機質なコンクリ、ひび割れ。この刑務所感は音楽のとことの共通性がある。
2025/5/13火
青雲。曲のチョイスが渋い。ちいかわ、音楽シリーズの系譜。ちいかわのリアクションが良い。時々ずれる感じの所も、ぴったり合わさる所も。アニメだとほのぼの寄りになるけど、漫画だと青雲という曲のチョイスにより、もうちょいシュールさが際立つであろうという視点も大事。青雲を彼らがひたすら健気に歌うことで、シュールになるという視点。
2025/5/9金
ビリーブ。「音楽のとこ」という抽象的で希望を感じさせるネーミング、ちいはちのほのぼのさにも関わらず、ひび割れたコンクリの壁に拡声器という具体的で生々しい描写、刑務所を連想させるような不穏さもある。これがちいかわなんだよな。
2025/5/6火
ジャムトースト/マネするなッ。
2025/5/2金
うさぎの日々/無限白米。
2025/5/1木
ハッピーバースデー。
2025/4/29火
穴に落ちた③。
2025/4/25金
穴に落ちた②。穴編はほんと名作だよな。はちわれの「戻ってこない」という言葉って、何気ないんだけど、この言葉があることで、見捨てられるんじゃないかという不安、それでも戻ってくるちいかわの絆の強さという場面の劇的な流れを表現することに寄与している。これは以前から指摘している、ストーリーテラーとしてのはちわれの役割が作用しているわけだけど。ちいかわが自分で降りて武器を取りに行くのって、雰囲気で伝える限界を感じたのか、はちわれに戻らせるのは悪いと思ったのか。普段の日常生活では、ちいかわがはちわれに助けてもらうことがほとんどで、これは下手すると、はちわれがヘルパーのような一方的な関係性になってしまうのだけど、肝心な場面ではちいかわが助けることで双方向性が確保されている。しかもそれは決まって命に関わるような重大な場面である。そのような限界状況でちいかわの力が発揮される。
2025/4/22火
穴に落ちた①。英雄的登場にもかかわらず、ちいかわの「は~ん」がのんきな感じで受ける。
2025/4/18金
なんとかバニア③/ケチャップパスタ
2025/4/15火
なんとかバニア②
2025/4/11金
なんとかバニア①。
2025/4/8火
ともだち/ドラ焼き。この回は見たことなかった。うさぎ全開。
2025/4/4金
寝起きの体操。BGMのチョイスが毎回絶妙なんだよな。
2025/4/1火
ひとりごつ。今日から過去回だ。いまや聞き慣れてしまったけど、初めてひとりごつを聞いた時の衝撃を思い出す。はちわれの顔がアップになるたびに、普段表に出てこない獣感があらわになる。ちいかわのリアクションがなにかズレがあって、それがいいアクセントになっている。
2025/3/28金
シーサーの資格⑧。いい回だ。「お師匠」と呼ぶのに躊躇やためらい、恥ずかしさがあってはいけないんだよな。はちわれはどうしてもそこが出てしまう。何回も読んでいれば慣れるかもしれないけど。シーサーにとってはごく自然だったのだろう。シーサーってマイペースに人に配慮していく子なんだよね。一見、反対のことに思えるんだけど、こういうことはよくある話で。このマイペースさが「お師匠」という呼び方を可能にしたのだろう。はちわれもマイペースなんだけど、シーサーのマイペースさとちょっと違う。シーサーの方がはちわれよりもより盲目的になれる。悪いことではないんだけど。
「お師匠」という呼び方は、日本の伝統的な師弟制度を思わせる古風な呼び方であり、魅力を感じさせる呼称である。だから、はちわれはこの呼称を使いたくなるのだが、この呼び方は現代においてはあまり一般的ではないため、使う際に唐突感が生じ、「変に思われるんじゃないか」という考えがよぎるため気軽には使いにくい。だからはちわれも躊躇してしまう。
似ている言葉で「先生」という呼称を考えてみると対比としてわかりやすい。「先生」はより一般的な言葉で、初対面の人であってもそのような関係性があれば、気軽に使える言葉である。先生は幅広い言葉で、初対面の人に対して機械的に使うこともできるし、長年の親しみを込めた私情を伴って使うこともできる。漱石の『こころ』における「先生」の使い方もより親しみを持った使い方がされている。「お師匠」は前者の側面、つまり初対面の人に対して機械的に使うような使用法はできない。
「お師匠」が気軽に使えるケースというのは、コミュニティで既に使われている場合である。例えば、兄弟子が使っている、弟子の集団内でそれが使われているような場合である。ただこの場合も「先生」と事情は同じで、その社会で使われているかどうかというのが気軽さと関係している。その集団を大きく取るか小さく取るかのちがいだけである。ただこの社会というのが結局目の前の他者に収斂されてくるのである。最終的にはこの目の前の他者がどう思うか、もしくはどう思うと自分が想定するか、はちわれならば、目の前のラッコ先生が「お師匠」という呼び方をどう感じるか、それをはちわれがどう想定するかということに収斂されてくる。ラッコ先生がどう感じるかはわからないけれども、そこへの自分の想定がつまずけば、言葉を発することはできない。
はちわれは結局ここにつまずいたが、シーサーはここを気軽に飛び越える力を持っている。これが上記の盲目さとも関係している。そもそも人が人に向けて言葉を発する時、この盲目さがほんのわずかでも含まれている。逆に言えば、この盲目さがゼロの場合、人は人に向けて言葉を発することができなくなるだろう。他者から来る何か、もしくは他者から来るように見える何か、これをシャットすることが出来なければ人は人に向けて言葉を発することが出来なくなる。寡黙な人というのはここに対する感受性が強い人なのかもしれない。一方、このシャットが強すぎれば、空気が読めない、さらに強ければ妄想的な世界にいってしまう、もしくはそうみなされる可能性も出てくる。
2025/3/25火
シーサーの資格⑦。シーサーって、若干強迫性パーソナリティ入ってるんだよな。でもそれが彼の勉強を支えている。
2025/3/21金
シーサーの資格⑥。スーパーアルバイターの資格が無くなるかもしれないことについて、シーサーの地盤が崩壊するという比喩的な描写はすごく秀逸。人は社会的存在であるということ、人の精神が広い意味での他者と共に構成されていることを表している。
2025/3/18火
シーサーの資格⑤。シーサーのお使いで買い物に行くちいかわ。店員さんとのやり取り。ちいかわが言葉を話せないことの意味というのを考えさせられる回であった。それが知能的なものなのか種族的なものなのか、それともメンタル的なものなのか。言葉を話せないということは他者に働きかけにくくなるから、他者に対する苦手意識となり、逆に他者に対する苦手意識が強いから言葉が出にくくなるという循環しているものでもある。はちわれの存在が、具体的な方法面とメンタル面との両方で支えになってるんだよね。その二つの支えがあって初めて、ちいかわは店員さんに話しかけることができる。そのくらい、ちいかわにとってはハードルが高い作業だとも言える。こういうのが苦手な人でも、現実は何とか無理やりやってしまっているんだけど、精神内ではけっこう似たようなことが起きてるんじゃないかな。
他者との経験を内面化している。
2025/3/14金
シーサーの資格④。ちいかわの家で寝かされるシーサー。シーサーの注文を受けて、買い物に行くちいかわ。
2025/3/11火
シーサーの資格③。資格が危うい中で笑顔で健気に働くシーサー。外でお酒の勉強中にダウン。
2025/3/7金
シーサーの資格②。喫茶店に現れる怪物。スーパーアルバイターの制度が無くなる可能性。
2025/3/4火
やりたいことリスト⑤/シーサーの資格①。呼び名を「マスター」にしようと思ったら、それも使われてて考え直すラッコ先生。シーサーのお酒の勉強に、自分の昔を思い出す栗饅頭パイセン。ラッコ先生やはりいいな。我々の世界が時間で処理しようとしている所を、ちいかわの世界では経験で処理しようとしている。経験と時間は比例するところもあるし、しない所もある。努力というのは、経験と時間が比例するいい例であるが、ただ時間が経過するだけでも何かしらの経験は積み重なっていく。それを経験と呼ぶかは疑問があるが、自覚を伴う必要はあるかもしれない。我々の世界では、お酒を飲んでよいかどうかは、経験には関わらない。栗饅頭パイセンがシーサーを見て自分の経験を振り返る。我々ならこれを「昔」という時間的感覚に還元するが、そこがちいかわの世界ではどうなのか。ただ経験があるということはそこに時間があるということ、パイセンが他の人よりも経験が多くあるなら、それはより多くの時間を過ごしていると言えるのではないか。ただそれを言えば、それはお酒の資格に限った話で、他の面ではシーサーの方がパイセンよりも多くの経験をしている分野もあるだろう。ただ必ずしもちいかわの世界に「時間」という概念が存在しないという話ではない。ただわかってるのは、飲酒が年齢によるものではないということ。
2025/2/28金
やりたいことリスト④。todoリストあるあるというか、やったもののやったことにしていいのかという未達成感はよくあることで、それをひとまず完了にして、新たなタスクを増やすというのは一つのやり方としてあるよなと思う。やったことはやったわけだから、達成感も味わえるし。そして、ラッコ先生はやっぱりザワつかれる存在なんだな。
2025/2/25火
やりたいことリスト③。お師匠と呼びたくなる気持ちもわかるし、勇気を出して呼んでみたら、それに言及されて恥ずかしくなる気持ちもよくわかる。
2025/2/21金
やりたいことリスト②。シーサーかわいすぎるだろ。エイサー踊るの面白過ぎる。ちいかわの世界は、お酒は年齢ではなく資格で飲めるようになる。つまりちいかわたちも資格を取りさえすれば飲めるようになるということ。
2025/2/18火
やりたいことリスト①。確かに、やることリストではなく、やりたいことリストいうのがみそだよな。
2025/2/14金
資格のおもいで/かまぼこ。怒涛のパイセンラッシュ。お酒の資格取得を回想するパイセン。かまぼこを分け与えるパイセン。
2025/2/11火
ホッピー/お酒の資格。栗饅頭パイセン三連続。夜勤明け、居酒屋で相席。最初は自分の世界キャラなのかと思ってたけど、交流が増えてきている。関係の変化の描き方がリアルだな。
2025/2/7金
おでんのお出汁。栗饅頭パイセン二連続。スポンサー離れとパイセンのお酒解禁の関係やいかに。
2025/2/4火
柿の種わさび。栗饅頭パイセンと乾杯する。ほんと声変りが一気に来たな。
2025/1/31金
朝風呂。朝ぶろに入る3人。平和だ。フジテレビの殺伐さを皮肉ってるんじゃないかと思わせるくらい平和だ。そして、ちょいちょい歌が出てくる。「波の上を滑るだろう~」
2025/1/28火
ハチワレの一日②/帽子。草むしりに行くはずが、寝過ごすハチワレ。鎧さんの創作シリーズ。前回からであるが、フジテレビの問題がちいかわの鑑賞に影響を与えている。ちいかわたちが何気ない日常を過ごしているのがより際立つ。我々がちいかわを見ることができる喜びもより際立つ。制作側も当分手の込んだシリーズ物はできないかもしれない。
2025/1/24金
ハチワレの一日。丁寧な暮らし。朝ごはんにシラスおろし。やはり猫だからか。
2025/1/21火
なまがわき/毛量。寒いせいか、ハチワレの毛量が増える。
2025/1/17金
おしるこ/夜のおソバ。久しぶりの日常が戻ってきたな。
2025/1/14火
黒い流れ星・後編⑭。これで終わりだろうか。けっこう長かったな。「毎日同じことの繰り返し」、これにうんざりするか、尊さを感じられるか。だがこれは比喩であって、時間が経過していることを我々は知っている。これが比喩でなくなったのが、今回のちいかわのお話。全てがループする世界、ただ、本当に全てがループする世界ならば、それはそれで問題ない。ループしていることにすら気付かないからだ。全てがループする世界の中で、ただ一つループしていないもの、それがちいかわの心であった。だが、ある一点が変化し、その他全てがループするということはありえない。なぜなら、その一点が他に影響を与えるので、他も変化せざるを得ないからである。
2025/1/10金
黒い流れ星・後編⑬。やっと時が動き出したか。この話はSFだけれど、これを心の世界と見てみれば、これは我々にもいつも起こっていることかもしれない。
2025/1/7火
黒い流れ星・後編⑫。ループから抜け出すことができた、か。悪いループであれば、抜け出せるのがいいのは決まっているんだけど、今回のはいいループな分だけ問題は深くなる。ループから抜け出すために試行錯誤が必要であったというのが一つと抜けるためにはループしていると気付くことが必要だというのが一つ。そして、ちいかわのみが自覚的な生を生きているということ。
2024/12/27金
黒い流れ星・後編⑪。黒い流れ星、去る。三人の関係性がいい。
2024/12/24火
黒い流れ星・後編⑩。ネットで検索した撃退法を実践するちいかわ。
2024/12/20金
黒い流れ星・後編⑨。バックに音楽があるのがいいんだよな。
2024/12/17火
黒い流れ星・後編⑧。緊迫感がすごい。改めてすごい作品だなと思う。
2024/12/13金
黒い流れ星・後編⑦。このシリーズはドラマチックだなぁ。
2024/12/10火
黒い流れ星・後編⑥。ほんと、ここぞという時の悲しみの描写がすごいんだよな。
2024/12/6金
黒い流れ星・後編⑤。子どもの時のお泊りってわくわくしたよな、なんてことを思い出す。例え時間がループしたとしても、そこに自覚が無ければ楽しんでいられるわけで、自覚があればうんざりしてくるだろう。ここで二人は自覚を持てず、ちいかわだけが自覚している。この三者の自覚のあり方は、この時のみならず、平常時のあり方とも関係している。
2024/12/3火
黒い流れ星・後編④。ハチワレ語が凝縮されている。「それって未来がなくなっちゃうってこと?」その通り。それがコアだよね。
2024/11/29金
黒い流れ星・後編③。テーマが深すぎる。つまり、完全に同じことの繰り返しでも楽しい方がよくねぇかっていうのと、痛い目見るかもしれないけど、新しい未来があった方がいいぜっていうのと。
2024/11/26火
黒い流れ星・後編②。ディナーロールの回での発言が布石となっていたのか。
2024/11/22金
黒い流れ星・後編①。一人でループを繰り返すちいかわ。島編もそうだったけど、一人で何かに気付くのはちいかわしかいないんだよな。
2024/11/19火
黒い流れ星・前編⑦。やっと出てきた黒い流れ星。ノリが軽い。
2024/11/15金
黒い流れ星・前編⑥。違和感を告白するちいかわ。ハチワレの解釈により、不安が解消される。このような不安の解消は是か非か。
2024/11/12火
黒い流れ星・前編⑤。写真でぶれに行くうさぎ、まだ残りがあるきのこの山。やっぱりなんかこの話あったよなというのは皆言ってることなんだけど、「同じものを見た」までの既視感はなかった。やっぱりこういうのに気付くのはちいかわだよな。
2024/11/8金
黒い流れ星・前編④。ちいかわの家で勉強会。せっかくパジャマ来てるのに、お泊りはしていかないんだな。早起きするちいかわ。いつもの鼻歌。
2024/11/5火
黒い流れ星・前編③。ラッコ師匠のマントを真似するハチ。いまだ「黒い流れ星」感が無い。「なんか」って何だよ。w おまけが集まらない。何気ない日常の切り取り方。
2024/11/1金
黒い流れ星・前編②。うさぎはちいはちの二者関係に刺激を与えるんだよな。
2024/10/29火
黒い流れ星・前編①。やっぱり二人でのおでかけは定期行事なんだよな。
2024/10/25金
ディナーロール。言及する要素があり過ぎてめまぐるしい。パンのこと、不穏な世界と二人のほのぼのさとのギャップ。改めて凄まじい世界観だなと思う。
2024/10/22火
黒い流れ星の話/立ち食いそば。ちいかわのリアクションが終始かわいい。ハチワレが話して、ちいかわがリアクションして、二人の相性の良さが伝わる。
2024/10/18金
ジャンケン/武器の味。明らかにグー出しそうなやつに負けるハチワレ。たくあんを持ってくるうさぎ。
2024/10/16火
スロット⑩/トランプ。スロットを壊すモモンガ。トランプで遊ぶ3人。BGMが威風堂々なのがやっぱり面白いな。
2024/10/11金
スロット⑨。やっと戻る。なかなか長丁場だった。うさぎの決めポーズ炸裂。そして威風堂々。
2024/10/8火
スロット⑧。またスロットへ。メダルを探す。それぞれの性格がよく出てる。
2024/10/4金
スロット⑦。モモンガの言葉がモモンガの意図とは関係なく、ちいかわが元々持っていたコンプレックスを刺激してるんだよな。
2024/10/1火
スロット⑥。布置が整い、「どうにかしなきゃ」という意識が高まる、その時、行動が生じる。
2024/9/27金
スロット⑤。身体が代わったことで、試し得るエピソードは絞れるだけは絞りだしてくるよな。
2024/9/24火
スロット④。なかなか戻らない。鎧さんと会う。
2024/9/20金
スロット③。確かに外見が入れ替わることで、その人の中身まで真似できるような気になるというのはありそうだ。
2024/9/17火
スロット②。戻っていないけど、ご飯を食べれば、「おいしい!」。実にハチワレらしい。
2024/9/13金
スロット①。ちいかわの世界トラップあり過ぎだろ。深く考えない、実にハチワレらしい。うさぎも深くは考えないけど、彼はいつも現実的な打開策を考えてるんだよな。その分無駄に不安になったりしない。ちいかわは不安が強いけど、彼一人ならば慎重だからそもそもトラップに引っかからない。
2024/9/10火
コース料理②。平和な回だ。チャリメラはそのまま食べた方がおいしそうだけどな。やるということに意義があるか。
2024/9/6金
コース料理①。自分だったら2冊とも買っちゃいそうだな。
2024/9/3火
青雲。曲のチョイスが渋すぎるんよ。あと「音楽の所」ってどういう場所なんだ。あと最初に少しかかってたの明らかにむちゃうマンの歌やんけ。
2024/8/30金
オデと牢獄⑩。オデ、いい奴なんだよな。
2024/8/27火
オデと牢獄⑨。意外と引っ張る後日談。
2024/8/23金
オデと牢獄⑧。まだ続くんかいと思えば、後日談みたいな感じか。
2024/8/20火
オデと牢獄⑦。オデの手紙。
2024/8/16金
オデと牢獄⑥。オデが引き付けている間に逃げる三人。捕まるとことから含めて全てがオデ劇場というか。捕まったこと、何日も監禁されていたこと、穴を掘ったこと、この全てが一体何だったのかと言うような。
2024/8/14火
オデと牢獄⑤。オデ、切ないな。ただちいかわたちを逃がしてしまえば、オデは腕力で突破できるか。
2024/8/9金
オデと牢獄④。けっこう過酷なんだよな。
2024/8/6火
オデと牢獄③。食事が提供される。後ろ向きに何かをするうさぎ。
2024/8/2金
オデと牢獄②。きのこを食べて捕まる。
2024/7/30火
オデと牢獄①。また新たなストーリーが始まりそう。
2024/7/26金
光る輪/虫の夢。ハチワレは自分の内面を見つめる力が無いから、夢にうなされるというのはありそうなんだよな。
2024/7/23火
フレンチトースト/お師匠!?。シーサー、フォーカス回だな。自分と同じ注文をしてもらう。プライベートでお師匠に出会う。
2024/7/19金
夜の出来事⑤。後ろからのカメラアングルが効いてる。
2024/7/16火
夜の出来事④。出ました、何とかなれー。
2024/7/12金
夜の出来事③。ハチワレの言語化全開。ハチワレの言語はストーリーテラーとしての役割も果たしている。ここにきてリボンがつながってくるのか。
2024/7/9火
夜の出来事②。ハチワレ、いきなり驚いただろうな。うさぎ、全く動じず。「迷惑をかけない」ってどういうことかな、っていうのも考えさせられる。小さな迷惑をかけないことにより大きな迷惑をかけることになるとか、よくありがちなことだけど。
2024/7/5金
夜の出来事①。夜の静かな雰囲気がよく出てる。ちいかわは強い子だ。
2024/7/2火
缶クッキー。うさぎに渡してしまった時点でこうなるのは目に見えているのだが、そうでないと物語にならないのだから仕方ない。
2024/6/28金
カキ/締めのステーキ。ハチワレの「喉越し、、、」の言い方が面白い。栗饅頭パイセンが分けてくれたのってアニメでは初めてなんじゃないかな。シーサーはかわいい。
2024/6/25火
歌声/ウィンナーコーヒー。ちいかわ、いつもの謎の歌を歌う。ラッコ先生ってやっぱり煉獄さんっぽいんだよな。
2024/6/21金
あのこ。この人生という辛い現実とどう向き合っていくのか。人間という弱くて儚い存在がどのようにすれば生きていくことができるのか。このような問いを突きつけている。現実を離れるという選択肢を持ちながら、現実に戻るという選択をしたちいかわの強さを思う。
2024/6/18火
ちいかわの夢⑥。普通に戻る3人。それを助ける鎧さん。
2024/6/14金
ちいかわの夢⑤。今日のは深いな。現実に戻ることへの葛藤があるものの、それでも戻ることを選ぶちいかわ。からの「何とかなれー」ありがたやありがたや。「現実」っていうものをかなり近い所に置きながらもかつ非現実的な作品として仕上げているというスタンスなんだろうな。
2024/6/11火
ちいかわの夢④。むちゃうマンの踊りを練習する鎧さんたち。その合間を縫ってなんとか謎のアイテムを取り戻そうとする3人。
2024/6/7金
ちいかわの夢③。うさぎに助けられるハチワレ。謎のアイテムを楽器と思う鎧さん。
2024/6/4火
ちいかわの夢②。やはり前回ちらと思ったけど、荘子の胡蝶の夢にインスパイアされてる気がする。ちいかわ、煽るの受ける。
2024/5/31金
ちいかわの夢①。ちいかわ、蝶になる空想。謎のアイテム、ちいはち、二人とも同じ杖のことを思い出すにもかかわらず、真逆の反応。
2024/5/28火
ムニヤーム/アリジゴク。釣りの餌に驚くちいかわ。名前を思い出せないはちわれ。なんやかんや討伐を成功させるちいかわ。
2024/5/24金
ピクニック③。「持ってて良かった、ナックルダスター。」
2024/5/21火
ピクニック②。ひさしぶりの「ひとりごつ」。やはり生歌よき。
2024/5/17金
ピクニック①。3人でピクニックへ。うさぎ全開の巻。
2024/5/14火
中止/自分のことみたい。バトルがけっこう激し目なんだよな。後半は打って変わって、何気なさ。
2024/5/10金
助手なんだ/お師匠。シーサーの使う「お師匠」という呼び方に感動し、使いたいがなかなか使えないちいはち。
2024/5/7火
さたぱんびん/さんぴん茶。シーサー登場。雰囲気がゆるくてよい。
2024/5/3金
ほめられリボン⑤。リボン戻ってくる。いやー今回のは深い。この短い時間に心の機微が何重にも重なっている。
2024/4/30火
ほめられリボン④。ちいかわに慰められても、それでもリボンを諦められないハチワレ。細かいテーマなんだけど、それを掘り下げて広げていくことで、立派な物語ができてしまっているところが、さすがのちいかわ。
2024/4/26金
ほめられリボン③。泣きながらちいかわにリボンが無くなったことを報告するハチワレ。休みの日に二人でおでかけするのがルーティンなんだろうな。
2024/4/23火
ほめられリボン②。リボンが鳥にもっていかれる。
2024/4/19金
鎧さんに褒められたリボンを二人に報告するハチワレ。皆で取れた魚を食べる。
2024/4/16火
ハチワレ家でご飯を食べる鎧さんたちともてなすハチワレ。
2024/4/12金
アイスにかけるもの。「おもちゃ食べてるみたい」。鎧さんたち、「でっぱつ」。ハチワレの警戒心の無さ。
2024/4/9火
モモンガ「み~て~」。モモンガはメタ視点を持ってるんだよな。鎧さんとのセット売りが定番になってる。
2024/4/5金
ちいはちがぼーっとしている。エピローグという感じか。
2024/4/2火
ステージ合流。感動的だなぁ。この回はこれで終わりかな。2月23日から約12回程度だから、けっこう長くしっかりとやった感がある。アニメ版でここまで長くやるのは初めてなんじゃないかな。製作陣にとっても一つの挑戦だっただろうと思う。これでアニメ版ちいかわのバリエーションというかキャパが少し広がるのだろう。
2024/3/29金
鳥との闘い。「何とかなれー」が聞けて、ありがたや。
2024/3/26火
緑にはハチワレの言葉が通じてなかったのだろうか。鳥に立ち向かう3人。ハチワレの言葉が尊い。「闘わなきゃ、助けるために」「ここは任せて、早くステージに」
2024/3/22金
迫るステージの出番。しかし、モブを助けに行く3人。「必ず戻る。ステージを守って。」ハチワレの真骨頂であり、秀逸な言葉である。ここで伝えるべき内容が全て盛り込まれている。この言葉が緑を支える。
2024/3/19火
舞台後、それぞれの夜。
2024/3/15金
ついにステージに立つ3人。
2024/3/12火
ちいはち、振り付けを練習する。
2024/3/8金
うさぎが段々かっこよくなっていくな。やはりうさぎの「はぁ」は色々な意味があると思う。
2024/3/5火
一人でもステージに立つ緑。ちいハチの参戦あるか。
2024/3/1金
パジャマパーティーズライブ。むちゃフェス前に、3名鳥に連れ去られる。
2024/2/27火
パジャマパーティーズ2。
2024/2/23金
パジャマパーティーズ。
2024/2/20火
鎧さん、パジャマの検討とサンドウィッチピクニック。パツワレ。
2024/2/16金
レインコート。
2024/2/13火
むちゃうまんと写真を撮れる。
2024/2/9金
試食会の続き。「チャンス」という言葉がキーワードになる。短いスパンで二度目のチャンスというのは、悔しい思いをしている直後のために、勢いは付きやすくなるが、また行けなかった時のショックも大きくなってしまう。ちいかわは迷いのない顔をしていた。ここがちいかわの凄い所。やるときはやる男。鎧さんが残した「チャンス」という言葉。鎧さんが残したということは、上からの言葉であり、これの意味もある。ここで言語化が行われたため、またその言語化をハチワレが連呼することでより定番にさせたために、そこに心的なエネルギーを集中させやすくなっている。ここでいくんだという勘所を言語化により掴みやすくなっている。ここでの「チャンス」という言葉は多義的な意味を含んでいる。「次が来る」「次は行くんだ」「次は行きなよ」「ここだ」とか。そしてここぞという瞬間に、ハチワレがチャンスと言うことにより、それがハチワレの後押しとなり、ちいかわが一人では越えにくい、自分の心的な障壁を越えやすくなっている。定番化するというのはつまり、ちいかわとハチワレの間で、「チャンス」を共通に保持する言葉にするということである。これにより、いざという時に「チャンス」という言葉がちいかわに作用する言葉になる。こういう土壌がハチワレの「チャンス」連呼により作られている。ただ、ちいかわの心が折れ切っている場合、戦意を喪失している場合は「チャンス」は逆にプレッシャーになる。結局、ポジティブであろうとネガティブであろうと「チャンス」という言葉がもたらす作用は同じなのだ。それは「押す」という作用であり、進もうとしている人には「押す」はポジティブなものになるが、そこに留まる、もしくは交代しようとする人にとって「押す」は抵抗となるということだ。話し手の言い方が聞き手に影響を与えるということもあるが、聞き手がどういう状態でいるかということの方が大きいであろう。鎧さんはちいかわ達からみて、タテの関係に位置する。タテの関係は『ちいかわ』において重要なモチーフであり、他にもラッコ先生、栗饅頭パイセン、期間限定であるが島編の島二郎などがいる。タテの関係がもたらす効果は多様だが、一つに「知恵を授ける」ことがある。年長者は人生経験により若者が持たない知恵を授けることができる。ここで鎧さんが導入している知恵は時間軸である。つまり未来という視点を若者に授けている。皮肉なことに、客観的な未来は若者が持っているにも関わらず、主観的な未来を持たない。それゆえ若者は近視眼的になり短絡的になりがちである。鎧さんには「またチャンスが来るかもしれない」という未来に対する視点がある。これを若者に授けている。この言葉により、ちいハチは気付きを獲得して、次の機会に備える心的体勢を作ることができている。これがタテの関係がもたらす効果なのである。鎧さんが授けた言葉を、ハチワレが継承し、ちいかわに繋いでいる。これは言葉だからできることである。ちいかわは言葉を話すことはできないが、受け取ることはできる。なぜハチワレが言葉を使えないちいかわの意図を100%理解できるかは謎である。
2024/2/6火
試食会の続き。むちゃうまんと写真撮りたいんだけど、周りの勢いに圧倒されて引いてしまうちいかわ。気持ちわかる。わかり過ぎるくらいわかる。そして後で、何で撮らなかったんだろうってめちゃくちゃ後悔する。その後悔するのもわかってるんだけど、その瞬間の圧力で引いてしまう。人生それの繰り返し。こういう性質を持つ人はそれの繰り返し。これはもう仕方ない。それでも何とか踏ん張って、その一歩を踏み出し続けているつもりでもある。でもそれを踏み出せなかったからと言って、自分を責めることはないぞ、ということはちいかわに伝えてあげたい。今日は撮れなかったかもしれないけど、またチャンスは来るかもしれないし、チャンスが来なかったとしても、そのこと自体時間が経てばどうでもよくなるから。自分を責めることでやっと自分を許せるという心理はある。でもやはりこのパターンは抜け出した方がいいと思う。自分を責めなくても自分を許してあげていい。そしてまた次に進めばいい。自分を責めないとまた同じことを繰り返してしまうのではないか、自分を責めることで、同じことを繰り返さないようにするという心理があるかもしれない。しかし、責めたとしても繰り返すものは繰り返す。たぶん「責める」は、成長にはつながらない。同じことを繰り返さなくなるためには成長が必要であるが、それに有効なのは「責める」ではない。「責める」から生じることは、外的な縛りである。つまり、行動変容が内的な変化に基づくものではなく、外的な拘束による行動変容しか生まない。それは永続的な真の行動変容ではない。真の行動変容は、内的な変化、成長によるものである。それを起こすためには、責めることではなく考え続けることだろう。考える必要すらもないのかもしれない。その瞬間ネガティブな感情はあるのだから、それでもう十分なのかもしれない。
2024/2/2金
無料試食会当日。乳酸菌!乳酸菌!今回のってどちらかというと、ちいかわの推し活なんだよね。でもそれに対してのハチワレの関わり方が流石で、涙が出てくる。友情ってこういうことなんだろうなと考えさせられる。これも外面に出てる事実だけが大事なのではなく、ハチワレがどういう気持ちでこういうことをしているかというのが大事で、もしハチワレが何かを我慢してやっていればそれは長続きしないわけで、結局どこかでしわ寄せがきてしまう。ハチワレが尊いのは、そういう気持ちでやってるんじゃないからなんだよね。「友達だから」という義務感でやってるんじゃないんだよね。ハチワレにとっては、それが当たり前なことで自然なことなんだよね。
2024/2/1木
漫画。禁酒中で賢者モードに突入している栗饅頭先輩。
2024/1/30火
むちゃうマン
2024/1/26金
おかしの街「おか」
2024/1/23火
たこウィンナー
2024/1/19金
巨大スライスチーズ、うさぎと栗饅頭先輩のたらチー
2024/1/16火
アニメ。①みそ汁の川を見つけたうさぎはちいハチを誘い現場へ向かう。現場には既に栗饅頭先輩の姿が。川のみそ汁はしじみだったため、二日酔いの栗まんじゅう先輩はそれを飲んで回復する。②森で「パジャマパーティー」の立て札を発見する鎧さん。見てみると、数名のモブが例のパジャマを着てパーティー中。踊ったり、お菓子を食べたりするモブ達。そんな中、一人のモブがシュークリームのクリームをパジャマにこぼしてしまい泣き出す。出るつもりのなかった鎧さんだが、思わず「そのパジャマは洗えば取れるよ」と言って出てしまう。モブも泣き止み、皆に歓迎される鎧さん。
2024/1/12金
アニメ。鎧さんに構ってほしくて、ウソ泣きをして自分の可愛さを最大限にアピールするモモンガ。そして、なぜそれが可愛いのかをメタ的に説明し始めるモモンガ。そして、「えんぶ!」と叫ぶモモンガ。
「えんぶ!」って何やねん。笑 この言葉のチョイス、音の響き、語感、意味不明にもかかわらず絶妙。流石ナガノ。
2024/1/9火
アニメ。前回からの続き。①怪物に対してファイティングポーズを取り続けるうさぎ。うさぎが棒の先を3回爆発させる技を繰り出す。それにより撤退する怪物。ちいハチの状態をみて、リタイアののろしを上げるうさぎ。個人ヘリに連れられて無事に帰る3人。②いつものレモンのシール貼りの作業場。仲良くなったモブがいなくて淋しく思うちいかわ。いないものは仕方ないので、以前に覚えた装置でお菓子を買って食べるちいかわ。
とにかくうさぎが頼りになり過ぎる。
2024/1/5金
アニメ。前回からの続き。草むらから怪物登場。戦闘モードに突入。ふっ飛ばされるハチワレ。心配するちいかわ。「景色が白黒になってる~」とハチワレ。ファイティングポーズを取り続けるうさぎ。なぜかカエル登場。それをちいかわに指さす怪物。そのメッセージがわからず考えるちいかわ。(次回に続く)
2023/12/26火
アニメ。討伐を引き受け個人用ヘリコプターで現場に連れていかれる三人(三匹)。「運ばれる」「下降する」とハチワレ。現場に降り立つと不安で泣き出すちいかわ。ここで伝家の宝刀「泣いちゃった」とハチワレ。「ダメそうだったらリタイアすればいいよね」「終わったら迎えに来てくれるんだって」と励ますハチワレ。ちいかわ平常心を取り戻す。この状況に終始「ハァ」を連呼するうさぎ。そしてガサゴソと不審な物音が、、、(次回に続く)
感情は状況に完全に連動しているわけではない。だからこそ励ましが有効になる可能性がある。
2023/12/22金
アニメ。①前回の続き。前回パジャマを買えたモブの子とちいハチが同じパジャマを着た状態ですれ違い、お互いに嬉しい気持ちになる。②これは比較的前々回の続き。前回と同じ作業場でちいかわの隣のモブがパジャマを着ており、ちいかわは着ていないのだが、自分も同じのを持っているということを伝えて仲良くなる。
2つともパジャマにまつわる話。①は、同じ服を着ていると恥ずかしいとか嫌だとかネガティブな気持ちになる可能性がある中で、お互いが素直に喜びあって、親近感すら湧いているというひたすらポジティブな面が出ているというのが非常に『ちいかわ』的。ちなみにちいハチのパジャマは買ったものではなく、鎧さんが店頭に出す前に試供品としてプレゼントしたものを着ていると考えられる。
②は、前々回と共通しているのだが、臆病なちいかわが作業場といういわば自分にとっての外の場所で、自分から話しかけて新たな関係を築いていくというちいかわの成長が一つの大きなテーマとしてある。これはちいかわにとってかなりすごい経験値だと思う。ちいかわは基本的には臆病なんだけど、いつも勇気を持って自分なりの小さな一歩を踏み出し続けるという芯の強さを持ち合わせているのである。
2023/12/19火
アニメ。鎧さん、パジャマの露店を開く。モブの子が一人売り切れで買えなくなる。心配になる鎧さん。次の日、モブの子が無事に買って帰る。
モブの子が可愛いすぎる。どこまでも平和な世界だ。
2023/12/15金
アニメ。ちいかわ、作業場でお菓子を買えるのを発見する。勇気を出して自分も買ってみる。隣の席のモブとお菓子を交換して仲良くなる。
2023/12/12火
アニメ。シーサー、郎で働き始める。ちいかわが、芋蒸しパンをいも虫パンと勘違いする。
漫画の島編を経た後なので、アニメとは関係ないにもかかわらず、うさぎを見る目が自分の中で変化している。完全に仲良しキャラになってきている。
うさぎはデフォルトが奔放キャラだから普通のことをするだけで評価が爆上がりする。(お菓子を残す、相槌を打つなど)
うさぎは固有名と種族名が同じなんだよな。
うさぎの自由さが、人間が普段社会の中で自由に振舞えないことに対するフラストレーションのはけ口になっており、また希望になっている。
2023/11/26
漫画。無人島に避難したモブ二人。セイレーンがそれを追う。