蔵書が負の遺産になるケース
西牟田靖『本で床は抜けるのか』では、ノンフィクションライターである著者が取材の度に大量の関連資料・書籍を溜め込んで「本で床が抜けるかもしれない」と脅威を感じたことをきっかけに、有名な蔵書家を取材し、その彼らの例が挙げられている。 中には大量の蔵書の引き取り手が見つからなかったなどの蔵書が「負の遺産」になるケースが挙げられている。
新聞記者だった田中真知の父親は無類の本好きで、大量の蔵書を持っていたのだが、同時に非常な「無精者」でもあり、家族に日常的に暴言を吐き、このため田中が高校生になる頃には妻子が出ていき、彼は一人暮らしをするようになった。 成人した田中が目撃した晩年の父親は、何年も掃除をせず、雪のように埃が積もる尿を日本酒の紙パックに詰めて放置し、古新聞も溜め込み放題のいわゆるゴミ屋敷に住んでいる状態で床に身体を折り曲げて寝転んでいた。 田中の父親の蔵書には、松岡正剛の雑誌『遊』や父親が取材したことのある稲垣足穂のサイン本などもあったそうだが、その父親が亡くなったあと、蔵書の処分を任された古書商は「本の状態が悪すぎてあまり売り物にならない」と言ったという。 蔵書家たちの遺産が、その継承者たちによってまとまったかたちで保存されるという幸福な経緯に恵まれなかったときに、古書商がそれを引き取り、古書の市場へと放流していくのだが、田中の父親の大量の蔵書は市場価値がなくなるほどに劣悪な保存状態に置かれており、大量に廃棄されることになった。
貴重な蔵書を傷むに任せ、生活空間の清掃もできず不潔な環境でアルコールに依存する田中の父親はセルフネグレクトの状態にあったと考えられる。