答え方を間違う(うなぎラーメン編)
from 発言意図を告げても自己正当化にならない?
「好きなラーメンはなんですか?」
「うなぎです」
「え?うなぎラーメンですか?😮」
「いやいや、うなぎです!」
「うなぎって、魚の?」
「いや、これです」$ \tiny(味噌ラーメンを指さす)
「味噌ラーメンが好きなんですね」
「私はこれを『うなぎ』と呼びます😄」
このとき、「うなぎです」という答え方は「正当化」されるだろうか?
以下のようになる場合はある
「おー、『うなぎ』って呼ぶんですね。じゃあ、あなたと話すときは、これを『うなぎ』と呼びますね。了解👌」
そして、「君の好きなうなぎをあげるよ」と言って味噌ラーメンを渡してもおかしくない間柄になるかもしれない。
正当化される場合もあるが、正当化されるとはかぎらない。これは、そういう発言が受け入れられるか否かということと同じだ。
しかし、常識で考えて、「うなぎです」という言い方は、間違っているだろう。
そして、間違いであれば、一発目で
ラーメンの話だよ。ふざけないで
と糺しても間違いではないだろう
この「ふざけないで」は倫理的非難であり、責任を果たすよう要求することだ。
しかし、こう言い返せる
いや、楽しく話してたんだからさ。糺すのはやめてよ……
これは、楽しく話すことにコミットするからには真面目に糺すのはやめろ、という責任要求だ。
ひょっとすると「ラーメンの話だよ」も倫理的な要求を含むかもしれない。
ふざけてないです。私は生まれてからそういう風にやってきました
本気だとしても、語り方を間違うことはある。
いや
人が🍜をどう呼ぶかは自由です。私はそれを「うなぎ」と呼ぶ習慣があり、かつ、この習慣を続けたいと思っている。この自由なコミットメントについて、他人にとやかく言われたくないし、言うべきではない。
?
「ふざけていてもいい」とも言える
面白いやつだな。OK
と言ってもいいではないか
言ってもいいが、言わなければならないわけではない。