小説を書く(久)
小説の書き方を見つつ……
タイトル変えるだろう:「お話を書く」とかに
2023/2/24
まず、店の情景が記述される。そうしないと、そこがいったいどこなのか分からないから。書き出しをどうしようかと考える必要はない。町に本屋がありました。昔話かよ。ウィーン。漫才か。そうではない。えー、まずなにかをパク真似すればいいんじゃないかな。ちょっと待てよ……人が入ってくる。店員が迎える。えー、どうすれば。人が入ってくる。つまり、ちょっと切り替えて……スーツを着た男が傘置きに傘を置き、しゃきしゃきと店内に入ると、はじめから行き先を決めていたのだろう。早足で文具コーナーへと曲がり、……物色しはじめた。店内にいると、気づかないが、外は雨がはげしく降っているらしい。あー、なるほど。これを書き切るって無理だな。たぶん、具体的なことはいいんだ。ぼつぼつとしか客の入らない書店にアルバイトは務めていて、別にその書店には常連というものもない。なんていうの、労働者。正社員じゃないんだけど、店員がひとりいて、店長がいる。(店長はいない)店員はいつもせっせとなにか仕事を見つけて整理している。バイトはその店員の作業を眺めるのが好きだ。店員は、ただぼんやりと自分の作業を眺めているバイトに「働きなよ」とかは言わない。彼女は自分の仕事に集中しており、他の人がどうしようと知らない。ただし、バイトが与えられた仕事をしさえしていれば十分で、バイトはそこからは逸脱しない。バイトは主にレジをやっており、客がいないときにはその他の仕事があまりない。だから、時間が余っている。そうした余った時間をバイトは店員のしごとぶりを眺めることに費やしているのだが、余った時間を埋めようとしないバイトの態度を店員は咎めない。時間の余裕がある状態を、そのまま肯定してくれている。積極的に肯定するわけでもない。ただ自分の作業をしている。店員もレジをするが、客が少ないので、だいたいはバイトに任されている。店員はバイトが困っていると助けてくれる。そういう店。に、ある日、母子が来店する。母親は、小学校の3年生くらいの自分の息子と手をつないでいる。バイトはその母に心を惹かれる。だいたいその母というのは40歳くらいと考えていい。店員は30歳くらいで、バイトは20歳くらい。母子との距離を感じるバイト。あたりまえだが、バイトは当たり前だとは思わない。ここにバイトの病的なところがある。バイトは、その母子のあいだにはいって、ふたりと手をつなぎたいような気持ちを持つ。それは変なことだ。母子のあいだに入ると言ったが、バイトの目当てはその子の母だけだ。いや、正確には、その母と子の関係にバイトはあこがれている。バイトは子供に戻りたいのだろうか。それを店員に話すとどうなるか、「笹村君は、その人のことが好きなの?」「好きとかじゃないですよ。ただ、変な感じがしたんです。うらやましいっていうか」「子どもがうらやましいの?」「なんでしょう。そのふたりがうらやましいのかもしれませんけど」「でも、たぶん笹村君は、子どもの側に感情移入しているんでしょ?」「いや、微妙です。正直、別に子どもになりたいって思うことはないし」「無意識では、それを望んでいるんじゃない?」「無意識って、なんでもありじゃないっすか」「うらやましい、っていうの、ちょっと違うんじゃない?単純に、あの奥さん、きれいな人だから……」「いや、そういうわけでもないんですよね。なんか、あのあいだに俺が入る余地ないなって思って、そう思うと、なんか心に穴が空いたような、ポカンとした気持ちになって」「アンポンタン・ポカン?」「いや、それはいまいいんです。関係ないです。思いついたことそのまま文章にしないでください」店員は話をするあいだも、手元では伝票かなんかを整理している。話をしながらでもできる仕事を、こういうときのためにとっておいているんだろう。そういうふうに優先順位をつけているんだろう。このように、店員とバイトの会話が、このお話の大部分を占める、というかたちでもいいだろう。この会話のなかで、バイトの考えが描写されていく。「けど、実際、あの親子のあいだに自分が入るって無理じゃないですか」「まあ、そんなことしたら……」「やばいやつじゃないですか」「意味がわからないかもね」この店員とバイトは、深い話をするだろうか。それとも表面的な会話に終始するだろうか。夕暮れどき、店には傾いた陽が差し入ってくる。この時間帯は、いつもであれば、退勤中のサラリーマンや、夕食の買い出しのついでに寄る人が多いのだが、たまたま客入りが少ないので、会話がつづいている。店員さんは「仕事してるとき、そういうこと考えることありますか?他のお客のこと、考えますか」「私はぜんぜん考えない。っていうと、なんか冷たいけど、目の前の人の感情にひっぱられることはあるかな。いらいらしている人を前にすれば、こっちもすこしびくびくするし、嬉しそうな人、きゃっきゃと楽しそうに会話しながら本を見ている学生さんとかみると、こっちも『うんうん』って笑顔になりそう。探しているものが見つかったって話してくれると、こっちも心底嬉しくなるの。そのときはジーンって感動がある。その人のことは知らないし。むこうは世間話ていどかもしれないけど、でも、なにかが見つかるってうれしいことだからさ」このときバイトはどう思うか。バイトはどうなんだ。バイトは、いらいらしている客を見たとき、「失礼だな。こっちも失礼で返すか」と思うということにしよう。バイトは、経済……交換……計算……そういうもので動く。店員は、感情で動く。店員は仕事をどうやっているか。店員は、空いた時間をどう活用しようか常に考えている。バイトは、空いた時間は、客やその店員を眺めるのに使っている。どうせ給料変わらないしな〜、と。バイトは仕事をやり過ごしている。だが、えー、母子はそのバイトの前にどのようなものとして現れたか。母子は、やり過ごされる日々に亀裂を入れる存在、あるいは、亀裂の可能性を示す存在として、急に現れた。だが、亀裂は生じない。バイトは完全に自己を律している。亀裂が不可能だというところに、バイトの悲しさというか虚しさがある。店員も同じで、亀裂が生じうるものと距離をとっている。例えば、子が店員に話しかける。「どうしたの?」と店員が聞き返す。子は店員の手をつかんで、店員になにかを手渡す。それは、なにか折り紙でつくった作品のようなものでいい。「くれるの?」って店員が言うと、子は「うちで作った。ここの折り紙」と言う。「ああ、そうなの!ここで買った折り紙ね!」と喜んで見せる。子は、母からそう言うように言われたのか。母の差し金。子はその店員が好きだということにしていい。子は母に、あそこの本屋さんに行きたい。「どうして?」って言うと、「おれ、折り紙ほしいから」と言う。母は「折り紙って、むかしは好きだったけど、最近やってないじゃない」「でもさ。なんかさ、プレゼントつくりたいから」ともじもじする。「そうなの?だれにプレゼントしたいの?」って聞くと、「お母さんに教えない」と言う。「ええ、教えてよ。クラスの子?」と言うと、「ちげーよ」と言う。「だれよ。折り紙なんて」ここで母は、母の鋭さで耳元にひそひそ声でささやく。「わかった、本屋のお姉さんでしょ」子は、母の目を見て、すぐにぶんとかぶりを振り、手のひらをズボンに何度かこすりつけるようにしてから、「言うなよ」と念を入れる。「じゃあ、そこで折り紙の本買えばいいじゃない。そのときは内緒で、いいの作ってあげればいいんじゃない?そして『この本屋で買いました』って言えば、お姉さん、覚えてくれるかもしれないよ」と伝える。店員にとって、プレゼントをくれる子というものが断絶している。「ありがとう」と受け取った折り紙は、詰め所っていうの?レジ内のスペースのかたすみに置かれる。バイトはそれを見て、なにか不安を覚える。バイトが考えているのは、そこから店員と子の関係が進展することはない、ということだ。店員は30代前半くらいで、子は8歳か9歳。子が何年も書店に通うわけでもないだろう。いったい、この一時のやりとりってなんなんだろう。それは、無じゃないか。この無の感情は、店員もひそかに抱いている。店員は折り紙をもらって、やはりジーンと感動するのだが、冷静な心が、折り紙に価値を認めない。じゃあ、店員は何に価値を認めるのか。店員は、なにかに価値を見いだせない。仕事のなかに価値を見出し、仕事のなかで充実する。けど、恋だとか、夢だとか、家族だとか、そういうもののなかに充実を見つけたことはない。自分に好意を寄せる小学生は、それまで自分が無縁だった、ある種の恋の範疇のものだけど、明らかに若すぎる相手を恋愛対象とはもちろん見れないし、子が店員に抱いている好意も、大人の男が大人の女に抱く感情とは違っている。それはお姉さんへの憧れで、もちろん幼児なりの性欲はあるにせよ、……すなわち、異性に対する特別な感情があるにせよ、性と直接結びついていない。店員もそうだが、店員は大人の性欲を知ったうえで、そういった構造を見ている。そこで店員は、強く抑圧されてはいるものの、その小学生に欲動を感じることになる。それは、不可能なものへの欲望であり、それを現実化すると、リアルが崩壊するような欲望である。それは強く抑圧されるので、店員自身にとって欲望だとは気づかれない。したがって、崩壊に対して意識的に恐れることはないのだが、なにか漠然と不安を感じる。この不安を、バイトは感じとっている。バイトにとっては、母子のあいだに入り込む自分という、異常なイメージを口に出す。店員は、自分の抑圧された欲望を口に出すことができない。だが、そのイメージ、あるいはそれを象徴する折り紙の作品を通じて、バイトの意識にその欲望が入り込んでくる。そうしたとき、バイトは店員になにを感じるか。ある種の寂しさを感じる。この店員は、なんのために生きているんだろう。すなわち、バイトは自分のことは棚にあげて、店員の人生を虚しいものだと考える。絶対にかなわない欲望を抱えながら、自分にとって欲望にすらならない欲望を抱えながら、そのつどジーンとしたり笑顔を咲かせたりしながら、この人は何をしてるんだろうって。折り紙どこから出てきたってかんじだが、店内のかたわらに置かれる折り紙が、現実崩壊の象徴となる。亀裂の予兆となる。だが、亀裂は生じない。それは不可能な亀裂だからだ。不可能な亀裂が、バイトにおいては、時間とお金と労力の計算へと向かわせ、店員においては、真面目に仕事に取り組むことへと向かわせる。すべてを崩壊させてしまいかねない、亀裂。つまり、小学生の告白にたいして、店員は「私もあなたがほしい」とは絶対に言えない。店員がそれを望むという可能性が、店員の意識から排除されているからだ。バイトの欲望も同様である。母と子のあいだに入って、ふたりと手を繋ぐことは、絶対的に排除された可能性である。うん。わかった。じゃあ、そっからどう展開させていくわけ?ふたりの不可能な亀裂(現実崩壊可能性)っていうのは、軸になりそうだと思う。そのあと、どうする?まあ、そのまま終わってもいいかと思う。ふたりの不可能な欲望が読者に伝えられたら、あとはお話をどう畳むかって話になる。折り紙が店内のかたすみに置かれる、この事態を最後のシーンにしてしまっていい。つまり、話は次のように進む。本屋でふたりが働いているね。母子がちょっとした常連になっているね。バイトが母子のあいだに入りたいという妄想を店員に話すね。後日、店員は子から折り紙をもらうね。母子のあいだで折り紙についての会話が行われるね。店員のなかに不可能な欲望が生まれるね。店員は折り紙を店の中においておくね。おしまい。寝かす。(約4800文字)
感想
2023/2/24
ログを読みながら消していく。Page historyに残っているので大丈夫。このページは消さない。
「必然性を組み合わせる」なんて間違いだろう。
ばーっとフリーライティングしてみる。最終的に、ひとつの筋書きができた。7節構成の短編。
2022/7/31
毎日この企画のことを考える。だが、考えても話が進まないということが分かった。少しでも書くと、その書いたシーンが毎日のように思い出されてくる。したがって、最も大雑把なストーリーを一旦書いてしまったほうがいい。だが、書く前の心理的障壁はかなり高い。2022/7/30のVCから言葉を持ってくるならば、「向き合うのは疲れる」から。
2022/7/14
なるほど必然性を組み合わせていけばいいんだな。どこかで、たしか『詩的思考のめざめ』で、小説は1語1語に意味があるとあったが、その意味が少し分かった気がする。まあ、まだ書いてないけど。
2022/7/5
仕事中、廊下を歩いているとき、よくこの小説のことを考えている。物語は一向に思い浮かばない。まあ、それはそれでいい。
2022/6/30
なんかアプローチ方法が違う気がしてきた
👀楽しみですねkluftrose.iconくま子.icon
過去のメモの残骸
レイコ
イトウ
母子
時計
夏
ルール(規則、規範、法)と逸脱不可能性
子どもは子どもの法則で動いている
ファミリー