他者危害の原則
一人の人間が厳しい自然環境の中での生存競争に勝ち抜いていくことは難しい。だからこそ、人間は一定の集団を形成し、その中でみずからの生存を獲得する必要がある。
また、ある社会を存続させるためには一定の秩序が必要であり、個人の自由はその個人の属する社会を維持するために、その社会からの統制を受ける必要がある。
社会統制の究極の目的は、人間の生存にある。一人一人の人間の生存を安全のうちに確保するために社会統制は行われ、この目的においてのみ社会統制は正当化されうる。
文明社会の成員に対し、その意志に反して、正当に力を行使することができる唯一の目的は、他人に対する侵害を防止するということにある。本人自身の幸福は、物質的なものであれ、精神的なものであれ、十分な正当化理由とはならない。そうすることのほうが本人のためにより良いとか、本人をより幸福にするとか、他の人々の意見によればそうすることが賢明であり。あるいは正当でさえあるからといって、彼になんらかの作為・不作為を強制することは正当ではありえない。
ミル『自由論』P24-25
これは「他者危害の原則」と呼ばれる。
つまり、いかなる社会もその社会を構成する個人に対して。その個人の自由を制限することは許されないことであり、個人の自由を制限できるのは、その個人の行為が他者に対して危害が及ぶときに限られる。
その制限が個人のためになりうるからということでは、制限の正当な理由とはならない。
「古典的な自由主義の倫理には、たとえ自分にとって悪い結果になることでも、判断能力のある大人が決めたことなら、個人の自由意志を尊重しなければならないという考え方がある(加藤尚武『現代を読み解く倫理学』)
つまり自己決定が尊重される代わりに、ここには自己責任がある。
他者危害の原則は、近代市民社会を成立させるための一つの重要な前提であり、人類史の一つの到達点である。
参考:『社会哲学を学ぶ人のために』