『ドリアン・グレイの肖像』の好きなシーン
オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』の終盤にさしかかった辺りから登場するモンマス公爵夫人(グレイディス)と、主人公のドリアン・グレイを道徳的に堕落させた皮肉屋のヘンリー・ウォットン卿(愛称:ハリー)とのやりとりが、ちょっと意味わからないけど奥深くて面白いな(厨二心をくすぐるカッコよさまである)と思ったのでメモ。 ヘンリー・ウォットン卿は彼女のことを「頭がよすぎる女」とドリアンに語っている。
パート1
「ぼくはあすの真理を伝える」
「わたくしはむしろきょうの誤謬を選びます」と夫人の返答。
「あなたにはかなわない。武装解除だ、グレイディス」と夫人の気分のわがままさを見てとった卿は声高に言う。
「楯を奪っても、槍は残しておいてさしあげます、ハリー」
「ぼくは『美』にたいしては槍をふるわぬことにしている」手を振りながら言う。
「いいえ、それがあなたのお間違い。あなたはあまりに美を尊重しすぎていらっしゃる」
「どうしてそんなことがおっしゃれます? 善良であるよりは美しくあるほうがいいとは考えていますが、その反面、醜くあるよりは善良であるにこしたことはないと認める点では、ぼくはひと一倍ですからね」
パート2
「わたくしたちの民族(19世紀末のイギリス人)には発展があります」
「頽廃のほうがぼくには魅力的ですね」
「芸術はどうでしょう?」と訊く。
「疾病です」
「愛は?」
「幻想なり」
「宗教は?」
「『信念』の流行的代用物」
「あなたは懐疑主義者でいらっしゃる」
「とんでもない! 懐疑主義こそは信仰のはじまり」
「では、あなたは?」
「定義することは限定することです」
「なにか糸口を戴けません」
「糸は切れるもの。迷路のなかで迷い子におなりでしょう」
パート3
ドリアンがなかにはいってガラスの戸が締まると、ヘンリー卿は向き直って懶げな眼で公爵夫人を見た。「ドリアンにすっかり惚れこんでおいでですか?」と尋ねる。
夫人はしばらく返答せずに、じっと景色を見つめていたが、やがて「それがわかりさえすれば」と答えた。
卿は頭を振った。「わかってしまえばおしまいですよ。不確実こそ魅力だ。霞はものをすばらしく見せる」
「道に迷うかもしれません」
「すべての道は同じ終点に通じます、ねえ、グレイディス」
「と申しますと?」
「幻滅という終点です」
「幻滅こそわが人生のはじまり」と溜息をつく。