「倫理学講話」メモ
目次
§1:
§2:
§3:
§4:
§5:
注:
フリースペース:
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このページについて
以前、discordの方で読書会をやったウィトゲンシュタイン「倫理学講話」の読書メモ
本文を適当に分割して、それぞれに要約(解釈)と感想(疑問とか)を書いていく予定
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§1 導入:第一段落
要約
講演の導入のようなもので、論文の内容とは直接関係はないので要約は省略
ウィトゲンシュタインは「通俗科学」(これが何を指すかははっきりしないが)を嫌っているらしい。ウィトはフロイトを偉大だと認めつつも、その理論は全くの誤謬であると考えていたらしいがそれとかと何か関係あるのだろうか。
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§2 倫理学の特徴について:「では始めます。私のテーマは〜〜〜おおまかな理解を得られます。」
要約
タイトルからもわかるとおり、この論文のテーマは倫理(学)についてである。そこでウィトゲンシュタインは、倫理学の定義を複数列挙することで、彼が考える倫理学の特徴を示そうとする。実際に挙げられている定義は以下のものである。
「倫理学は善なるものへの普遍的探究である」
「価値あるものへの探究」
「本当に重要なものへの探究」
「人生に意味についての探究」
「人生に価値を与えるものの探究」
「正しく生きる方法の探究」
これらから、倫理学が「善」(あるいは「よい」)、「価値」、「重要」、「正しさ」といった事柄に関心を向けることがわかる。そして、ウィトゲンシュタインによれば、これらの表現(注1:)は、異なった二つの意味で用いられるらしい。(次に続く)
感想
倫理学の定義として挙げられている最初のものは、ムーアの『倫理学原理』からとったものらしいが、他のものの出典は不明。だから、これらが本当に倫理学の定義として妥当なものであるかは議論の余地があるだろうが、結論部分にだけ同意できれば、この後の議論には特に支障がないと思う。つまり、倫理学は「よい」とか「正しい」といった事柄、あるいは価値表現を含む判断・命題(「〜はよい」とか「〜は正しい」とか)を扱う、ということである。
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§3 相対的な価値判断と絶対的な価値判断:「これらの表現を見渡してまず最初に〜〜〜ません。他の例も同様です。」
要約
ウィトゲンシュタインによれば、前述であげたような表現(よい、正しい、重要であるなど)には二つの用法がある。
一つは「相対的な意味」における用法であり、この場合、それらの表現は「あらかじめ決定された特定の基準に達しているということ」、「既定の目的の役に立つということ」を意味するに過ぎない。上記の意味で用いられた表現を含む判断を「相対的な価値判断」と呼ぶ。具体的には、以下のようなものが挙げられている。
「これはよい椅子だ」
「この男はよいピアニストだ」
「風邪をひかないことは私にとって重要である」
「これは正しい道だ」
しかし、これらは価値判断のような見かけをしているが、正確には価値判断ではない。たとえば、「この男はよいピアニストだ」という判断における「よい」の意味は、「ある程度の難しさの曲をある程度の上手さで弾くことができる」ということに過ぎない。つまり、「相対的な価値判断」は、「事実の叙述」に書き換えることができる。たとえば、「これは正しい道だ」という判断は、「もしあなたがグランチェスターに最短の時間で行かねばならないなら、この道が正しい」あるいは「この道はグランチェスターへの最短の道である」という「事実の叙述」に書き換えられる。
ウィトゲンシュタインによれば、以上のような「事実の叙述」へと書き換え可能である「相対的な意味」で用いられた価値表現、ないしそれらを含んだ「相対的な価値判断」は倫理学が扱うものではない。倫理学が扱うのは、「絶対的な意味」で用いられた価値表現、ないしそれを含んだ「絶対的な価値判断」であり、これらは「事実の叙述」に書き換えることができない。
感想
「この男はよいピアニストだ」の「よい」は、「ある程度の難しさの曲をある程度の上手さで弾くことができる」に書き換え可能だというのは本当だろうか?というのも、これだと結局「ある程度の難しさの曲をある程度の上手さで弾くことができる」のがなぜ「よい」(と判断される)のかが説明されないのではないか。しかし「正しい」の方の書き換えに違和感はない。ということは、ウィトはごっちゃにしているが、「よい」と「正しい」は同じ価値表現であっても差異があるのではないか?
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§4 倫理学は「超自然的」である:「さて私が強く主張したいのは、〜〜〜を保持できません。それと同じことです。 」
要約
§3において、倫理学が扱う判断(命題)= 倫理的判断(命題)= 絶対的な価値判断は、事実の叙述ではないということが述べられたが、このことに関して、§4ではウィトゲンシュタインは「世界の書」の比喩などを用いて説明する。
しかしここで述べられている比喩は、なぜ「倫理的命題が事実の叙述ではない」のかを説明するのではなく、それがどういうことかを述べているだけであり、すなわち繰り返しに過ぎない。その上あまりわかりやすい比喩ではないように筆者には思われる。従って、比喩については省略し、次の点だけ書く。
ウィトゲンシュタインによれば、世界に存在するのは事実のみである。従って、倫理学は事実(世界)を超えたものを扱う、という意味で「超自然的」(supernatural)である。それに対して、科学は事実の叙述のみを扱う。
感想
もし誰かが本当に倫理学についての本と言えるような本を書いたとすれば、その本は爆発してこの世界の全ての書物を破壊してしまうだろう、という喩えです。
読書会の時も書いたがこの喩えがいまいちピンとこない。事実を超えていること =「超自然的」であることと、爆発がなぜ結びつくのだろう?
「世界に存在するのは事実のみである」、「倫理的命題は事実の叙述ではない」といったウィトの主張を認めるならば、たとえば、「親しい人を事故で亡くした」ことも「ヒトラーがユダヤ人を虐殺した」ことも、事実の叙述である限り、それ自体「よく」も「わるく」もないことになる。これはある程度説得力がある気もするが、なんとなく違和感がある、がうまく言葉にできない。
「超自然的」と訳されてるけど、多分「超越論的」がより正しい気がする。『論考』にも「倫理は超越論的である」という記述があるし。原語では「supernatural」、これは「transzendental」の英訳として一般的なのだろうか。
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§5 絶対的な価値表現は無意味(nonsense)である:「事実と命題に関する限り、〜〜〜安全である」という言葉の誤用です。」
要約
ここまでで、「絶対的な価値判断」=「倫理的判断」は事実の叙述ではないことが述べられてきた。この考えが正しければ、いかなる事実もそれ自体として、「絶対的に善い」ものであったり「絶対的に価値がある」わけではないということになる。では、それにもかかわらず「絶対的な善」や「絶対的な価値」といった表現を使いたくなるのは一体どのようなときなのか?
それは人によって異なる、とウィトゲンシュタインは述べる。そして、ウィトゲンシュタイン自身がそのような表現を使いたくなる経験として、以下のものを挙げる。
「世界の存在に驚く」という経験。つまり、「何であれ、ものが存在するとは何と異常なことだろう」とか「世界が存在するとは何と異常なことだろう」と感じる経験。
「絶対に安全である」という経験。つまり、「何が起ころうとも私を傷つけることはできない」と言いたくなる心の状態。
しかし、実はこれらは無意味(nonsense)な表現であり、言葉の誤用である。
まず、「世界の存在に驚く」という経験について。ウィトゲンシュタインによれば、「驚く」というのは、「自分がそうではないと考えることのできる何かが、そうであるということ(つまり、事実として成立しているということ)に対して驚」く、ということである。
ある人が家を見て、長い間そこを訪れず、その間に家が取り壊されてしまったとその人が思い込んでいるとします。ところが、家がまだ存在しているのをその人が見て先述の意味で驚く、ということはあります。
上の例のように、私たちが「Aである」(「家がまだ存在している」)ということに驚くためには、「Aでない」(「家はもう存在していない」)ということを信じている、少なくとも「Aでない」ことが想像可能でなければならない。従って、「世界が存在する」ことに驚くためには、「世界が存在しない」ことが想像できなければならないが、これは想像不可能である。「何もない世界」、「真っ暗闇の世界」などは想像可能であっても、そもそも「世界が存在しない」ということは想像できない。それゆえ、「世界の存在に驚く」という表現は無意味(nonsense)であり、これは「驚く」という言葉の誤用である。
「絶対に安全である」も同様に「安全である」という言葉の誤用である。長くないので引用。
私たちは皆、日常の生活において、安全であるというのがどういうことかを知っています。部屋に居て、バスに轢き殺されることがありえない場合、私は安全です。以前に百日咳にかかったことがあり、それゆえもう二度とかかることがないとすれば、私は安全です。安全であるということの本質的な意味は、ある特定の物事が私に対して物理的に起こりえないということです。従って何が起ころうとも安全である、というのは無意味なわけです。
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注
1. ()論文内では使われていないが、以降、「よい」「正しい」などの表現を「価値表現」と呼ぶ。
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