「どういたしまして」について(2023/3/8)
from どういたしまして
2023/3/8
「どういたしまして」は、相手の認識(こちら側が優れていたり、立派であるという認識)の妥当性を否定することによって謙遜するという、日本人らしい論理にもとづいている言葉。「どうして」を丁寧に言った言葉で、「どうしてそうなるの?そうならなくていいのに」という意味である。
例えば、語源・由来|「うだつが上がらない」「どういたしまして」 江戸時代の文化が垣間見える表現 | 世田谷自然食品の例では、自分にお茶を出してくれたことに対して、「どういたしまして」と言っている。これは、「どうして私のようなつまらない者にお茶を出すのでしょうか、出さなくてもいいというのに」ということだろう。これにより、自分自身がお茶を出されるような身分ではないということが、暗に言われる。そうであれば、彼にお茶を出すことは、まったく例外的な行為であることになる。そこで、「わざわざそんな例外的なことをしなくとも」「気を遣わないでください」「何もしなくていいんですよ、私なんかに」という意味になる。さらには、出さなくてもいいお茶を特別に出してくれているということにもなり、相手の心遣いへの賞賛にもなっているだろう。
現代的な使われ方としては、感謝を示されたとき、その感謝を打ち消すときに使われる。ただ、私の感覚では、「どういたしまして」は日常会話としては改まりすぎているか、あるいは定型文的でありすぎるため、代わりに「いえいえ、ぜんぜん」などと言われることの方が多い気がする。
ちなみに、フランス語でも、相手に「merci」と感謝を示されたときは、「non non」と言うらしい。これは大学時代にフランス語の先生から聞いた。
他、「De rien. 」ともいう。こちらのほうが教科書に出てくる表現だろう。こちらも否定表現。
閑話休題。現代的な「どういたしまして」は、「どうしてあなたが私に対して感謝の言葉を言うことがありましょうか、私は何もしておりませんのに」といった意味になるだろう。ここでも、自分という存在およびその行為が無であるとした上で、そんな無のものに対して感謝を示さなくていいんですと、相手の感謝の妥当性を否定している。なお、「感謝の妥当性」というのは、行為が感謝の言葉に値するものである、ということを意味する。面白いのは、ここで、感謝する側の判断が、感謝される側によって否定されていることだ。「どういたしまして」は、「感謝しなくていいところで感謝していますよ」ということであり、いわば、「あなたは思い違いをしています」ということでもある。この否定が何を意味するか。この否定は、なんらかの世界観を前提しているように思われる。少なくとも言えるのは、感謝したければいくらでも感謝すればいい、という世界観ではないということだ。感謝には適切な感謝というものがあり、人はそれの基準に従うべきだとされる。そうでなければ、「どういたしまして」という言葉が感謝の打ち消しの挨拶になるはずがない。
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