診断権力の悪質な民主化
とでも呼ぶべき現象がSNSを媒介に世間で通用するようになってしまった。悲しいことだ。
(※権力をどこに見るかで認識が変わってくるかと思う。例えば診断権力の在処を確定診断(患者はそれに基づいて例えば障害年金受給などの公的扶助を受けるが、その受給可否を決定する能力は、一種の権力として認識可能)の実施能力と見るなら、当然民主化などしていない。筆者は、病者を病者として名指し、そのように扱う振る舞いそれ自体にも権力を見ているため、本稿には診断権力の悪質な民主化という題が与えられている)
精神障害にはどのような判断基準があるかとか、ASDはその名の通り特性がスペクトラム的とされていることとか、専門知以前の段階の基礎知識すら把握していない者が、誰かを「発達障害者」扱いする。
例えば、DSM-5(およびそれに対する正当な批判)すら認識していない素人が誰かを「発達障害者」認定するようなことが実際に起きてしまっている。
もっと言えば、気に食わない性格特性の人間に対するスティグマの付与を目的としているとしか思えない言説も散見される。
また、最近だと発達障害だけでなく精神障害全般にも粗雑な素人診断が罷り通っているような場面をみる。
言説プラットフォームが、機微なはずの言葉をバズワードとして発信、本来その概念を扱いきれない人たちにまで届いてしまった結果と言える。情報災害といっても個人的には何ら違和感がない。
そのような粗雑な世界でADHD, ASDを自称するのはもう本当に何も得しないと思うから、口を閉ざしている。