2026-05-25
「日とと記」という日記を書けるサイトがあることを知って、昨日から使っている。日記でもあるし、誰かへの短文のお手紙でもある気がする。日記を書くと、どこかの誰かの日記が届くのだ。他にも、風に乗って誰かのいつかの日記が届くこともあるという。
本の読める店fuzkueさんの「フヅクエ時間」というページがある。
「今もどこかで、誰かが本を読んでいる」という、単純だけど、なんだかうれしいその事実を、地図の上に点在する読書のともしびによって可視化させる企てです。
時々訪れるページだ。いつ訪れても東京には明かりが灯っている。そして私も明かりをそっと灯してみる。国内だったり、海外だったり。
「フヅクエ時間」は「今もどこかで、誰かが本を読んでいる」ことを読書のともしびによって可視化している。日記でもできないかな。みんながそれぞれの日記をそっと置く場所。誰かの日記が届く場所。「日とと記」はそれに近いかもしれない。sizumeもそうだね。
「日とと記」に対して「誰かへの短文のお手紙でもある気がする」と感じたこと。これって面白いなと思う。日記が書けるサイトであると同時に、「誰かへの手紙を書く場所」だとも感じるということ。
日記とはそれ自体が自分を含む誰かへの手紙ではないか。紙であれ、Web上の場所であれ、日記を書くことはその日を、そのとき感じたこと、考えたことを残すということ。残すという行為は、そのどこかに「誰かに伝えたい」という思いがあるかもしれない。
私がここで書いていること、それもまたその一つ。
あなたが日記を書くと、ほかの誰かが書いた今日の日記が届きます。
届いた日記がいいなと思ったら「とっておく」こともできます。そのことが相手に通知されたりはしません。
自分が書いた日記や、とっておいた誰かの日記はいつでも見返すことができます。
あなたの日記もだれかに届くことがあります。そのときは「だれかの日記」として届き、あなたが書いたと知られることはありません。
日記はいくつでも書くことができますが、届くのは1日1通です。
https://diary.aaaaaso.com/hitotoki/