越中 玲衣|M2|20201018|研究発表+討議
「 戦後沖縄における墓地・葬送儀礼空間の変容」
研究背景・目的:都市化によって、人口増加と比例するように増加する墓地に着目。伝統的な死生観によって形成される固有の文化を持つ墓地であるが、米軍の接収と琉球政府による墓地に対する制度の変化等によって、死生観・宇宙観が近代以降どのように変質し、後退していくのかを明らかにしたい。墓地の形態 と立地条件の変化(1、急激な人口増加と移住者による墓地2、火葬の導入による葬送儀礼の変化3、公営墓地と財団法人、宗教法人による民間経営による墓地建設の3つが主な原因)がもたらす墓地空間の変容と都市、都市計画にどのような影響を及ぼしたかを明らかにする。
第1 章:近代以前の墓地空間の表象と空間構造→既往研究
これまでの民俗資料、墓地と集落の関係性に関する絵図を中心に伝統的な死生観でとらえた空間認識を明らかにする。
第2 章:集落と他界との境界
第3章:戦後の移住者と墓地の移動→既往研究+オリジナル
沖縄中南部の都市化に着目し、急激な人口増加の中で墓地空間はどのように変容したのか。米軍基地開発、都市計画が行われた際の墓地移動の際の敷地選定、指導役としての石川栄耀と琉球政府の都市計画を担当していた花城直政らの目指した「公園型霊園」とはどのようなものだったのかを明らかにする。
第4章:戦後墓地空間の変容→オリジナル
火葬の導入以降に納骨空間、墓地の規格化・縮小化がおき、造設地、墓地自体の形態変化を分析する。この研究で明らかになったことから都市化のなかでの死生観、宇宙観の変容を考察。戦後の墓地形態に関しては『都市計画区域内施設行為許可書 識名霊園指定地内墳墓建造許可書』に記載されている墓地図面と使用された材料をもとに分析し、戦前期の墓地形態との比較を行う。
青井:墓庭?対象が墓地から都市にわたるので、沖縄本島、那覇の都市史、都市計画史の主なものはひととおり目を通した方がよい。県史、市史類なども含めて。さっきの佐野さんたちの都市計画史研究の論文にも先行研究がリストアップ・引用されているでしょうから、参考にするとよい。話が具体的になってきましたね。もう沖縄行ってきたんですね。いいね!
木山:都市化のなかでの死生観、宇宙観の変容を考察とあるがどういうことか
→現状では主に死生観・宇宙観の変容が与えたのは立地の変化。墓地の場所が市街地、住宅地に近くなっていく
木山:沖縄をあげる理由は、宇宙観がより密接に関わっているから?
→戦前期も死生観などが墓地に影響していた、あと残っているというのも理由、墓地の所有は寺院が所有しているのではなく個人が所有していて都市計画に影響を与えている点が面白い
青井:なぜ沖縄を選んだかというよりも、沖縄が墓地と宇宙観、近代化という軸で見たときどのような特徴が得られるのか、位置付けがきちんとできることが大事
滝口:沖縄の葬儀の特性、葬式とか宗教者が関与しているのか?
→戦前は風水師?が集落ごとにいてどこに墓地を立てればいいみたいな指示をする、生活誌(自分たちの生活の手引き書みたいなもの)があった、 戦後に葬儀屋、プロが入る
滝口:沖縄の墓地の近代化 標準化ワンパターンの形に収束していく?
→大体が破風型、他の型を組み合わせたような不思議なのもあったが理由がわからなかった、主流派破風型でテンプレートみたいなのは存在する
青井:形が収束していく点に関して具体的に寸法、形の特徴を掴む、それ以外に誰が担ったのか、なんで進んだのか?土地はどう分割されるのか、実際ものを作っていく生産に関わる人など?公共の土地が買取されるのか、私有地か?など色々支店がある
根葉:沖縄のお墓は墓庭の部分で宴会みたいなものを行うというのをテレビでみたことがあります。それを見たときに一般の日本人が捉えるお墓と大きく違うような気がしました。生活の中の一部という感覚が強そうな感じもしました。