📕『ルールズ・オブ・プレイ』
https://scrapbox.io/files/684a6efe2b71a31ff22215ca.jpg
訳本のKindle版は4冊構成
原典はこちら
https://scrapbox.io/files/684a6f351649e4c18e986016.jpg
🔤言語活動にはしばしば美学が不足している
教育をゲーミフィケーションの文脈で捉え直してみると、教師がデザインする教育活動にはしばしば美学(aesthetics)が不足しているように思う。
この場合の美しさとは
活動そのものの構造的な美しさだろうか
こだわるなら、ジョブズがMacBookの内部構造の美しさにこだわったような頑張り方だってある
活動が生み出す人と人との多様な関係性や行き交うメッセージの彩りだろうか
ハンドアウトやプレゼンテーションのスライドの情報の受け取りやすさや「映え」だろうか
ゲームデザインスキーマ(図式)にはルールと遊びと文化がある
文化というのが面白いな
コミュニティであり、コンテクストであり、ゲームが生まれる場でもあり、ゲームを通して生まれる場でもあるな
デザインを批評的に考えるための手助けをする構文(ストラクチャー)
ルール=デザインされたシステムの組織
遊び=そのシステムに触れた人に生じる経験
文化=そのシステムに関わり、そのシステムによって生じる、より広い状況
ゲームに限らずさまざまなものの分析に応用できる
この視点で授業内の活動を分析したら面白いな
ゲーム制作の授業のアプローチが、教科指導法の授業を考える上ですごく参考になる
試遊グループの存在
頭の中で考えているだけではダメで、実際にプレーヤー目線で(児童・生徒目線で)ゲームを(活動を)体験できる人がいることが大切
経験の浅いデザイナーはひとつの試遊グループだけを相手にゲームを開発してしまう
試遊グループの人達は慣れてしまう
多様なプレーヤーを想定できなくなってしまう