制作学
芸術作品の創作にまつわる諸問題を研究する学問で、美学の一部門をなす。フランスの詩人であり思想家であったポール・ヴァレリーの命名になり、現在では、フランスの美学者ルネ・パスロン R. Passeron(1920― )を中心とする研究グループによって推進されている。1937年パリで開かれた第2回国際美学芸術学会議に招かれたバレリーは、「美学についての講演」と題する開会講演を行った。その結びの部分において、過去の美学の業績が二つの群に大別されることを指摘した彼は、一方を感覚sensationsの研究としての「感性学」とよび、他方を作品の産出の研究としての「制作学」とよんだ。感性学esthésiqueという名称がesthétique(美学)という名詞に基づくものであるのと同じく、制作学という名称はpoétique(詩学)という語を、その語源的意味に力点を置きつつ用いたものである。事実、伝統的な詩学は詩作法についての指針となる思索を多く含み、制作学的なものであったし、コレージュ・ド・フランスでバレリーの講じた詩学も創作についての哲学的思索を基調とする点で、やはり制作学的であった。この二つの傾向に対応する区別を彼自身がたてている。すなわち制作学は二つの下位部門をもち、発想、構成、偶然や思索や模倣の役割など創作行為に関する部門と、技法、道具、材料など創作行為を支えるものについての部門よりなるが、前者はより哲学的であり、後者はより実証的である。詩学だけでなく、実作家たちの残した伝統的な芸術論の多くが制作学に属することは、いうまでもない。 パスロンらのグループは、バレリーの概念を受け継ぎ、この伝統的な研究主題を現代の課題として取り上げた。パスロンは、個々のジャンルの芸術作品の構造を研究する個別芸術学(音楽学、演劇学など)を両者に共通の財産として、狭義の美学と制作学とを対置する。前者は芸術の消費、後者は芸術の生産に関する諸学を結集し、それぞれ哲学的思索へと高めたものである。このように研究領域を区画したうえで、彼は研究の三つの位相もしくは段階を区別している。実証的なデータの収集、芸術家の内省的証言の検討、規範的反省がそれである。彼を中心としてパリ大学付属美学芸術学研究所に集まった研究者たちによる共同研究の成果『制作学研究』Recherches poïétiquesは、1975年の総論的な第一巻に続いて、82年までに、材料、集団創作、反復を主題とする三冊が公刊されている。
[佐々木健一]
『佐藤正彰訳『美学についての演説』(『ヴァレリー全集 第5巻』所収・1967・筑摩書房)』▽『谷川渥著『制作学』(『講座美学3 美学の方法』所収・1984・東京大学出版会)』