2021/08/27 歌舞伎の歴史、レポートにしかならない?
あれからいろいろと考えていくうちによく分からなくなってきました...笑
Bのアプローチが直感的に良いかなと思ったのでいろいろ本を見ていたら、今尾哲也『歌舞伎の歴史』という新書の巻末に膨大な文献リストがありました。この本自体で歴史全体をざーっと見ることもできそうです。
「歌舞伎はどのような過程をたどって伝統芸能になったのか」
これには、明治維新後に興った「演劇改良運動」「新歌舞伎」が大きく関係していました。
過去の芝居小屋の流れとは別に、(銀座にある)歌舞伎座を作って権威化したことが伝統芸能としての始まりだったようです。
それまでの芝居小屋は地名や役者名を冠していたのですが、「歌舞伎座」は一般名詞の歌舞伎を用いることで歌舞伎座の歌舞伎こそが本筋だという意味づけを行ったとのこと。
意味は作られるものだということや、一般名詞を冠することで意味が強固になる、というあたりがとても面白いなと思ったのですが。
ここからいろいろ調べ物をしていくことはできそうですが、調べていくうちに、大きな問いである
「人はどうしたら自分の人生に意味を与えられるのか?」
ここと繋がっていく(というか繋げていく)のでしょうか。
「歌舞伎はこのように変遷して伝統芸能になった」
だけではただのレポートであって、その先の抽象化が論文の目的というイメージでいけばいいのかな。
面白そうだけど難しそう!笑
なんか似たような話を読んだなと思って思い出したら、
<象徴政治についてのレッスン>という章があって、そこでは明治時代に日の丸や君が代の意味がいかに作られていったかが語られていたのでした。
「伝統の創出」は、まったく新しい象徴装置の発明によるか、近代以前にすでに存在した象徴を再解釈するか、いずれかの方法によって、特定の象徴実践を国民国家の政治的価値の期限として制度化します。