2021/08/06 深堀り会:意味と記号、野球から歌舞伎
「人はどうしたら自分の人生に意味を与えられるのか?」 どんなことも意味を帯びてしまう
自分の経験でいうと、野球が好きで、野球をテーマとするイラストを描いていた
最初は自分が楽しくてやっていたのに、だんだん他者の需要に乗っ取られていくような感覚があった
意味が変わっていた
自分で意味を作るとか捉え直すとかってことってとても大事だと思う
同じ結果でもどう捉えるのか、意味付けるかによって色々違う
意味とか記号について考え、その過程を作品にしたい
広告もやってきたので、記号が世界に満ちているのを実感している
そういうところを分解して理解したいというのは漠然とある
論文を書くのは一度やってみたいが、その先にはあくまで作品作り、表現活動がある
<例えば一つの広告を振り返って見ていくことで「つまり記号とは」というようなやり方があるかもしれない> それなら、「野球の記号」というところから考えてみるというのはありかもしれないと感じた。
野球の消費の仕方に多様性がないことに不満を持っていて、それが需要に配慮しない表現活動の動機だった
野球における記号について深めることは、その拡張なのかもしれない
<一つの文化が生まれてスタンダードなルールが決まっていく過程>
なぜ野球の消費には多様性がないのか
伝統の変遷
何事も儀式化、儀礼化、権威化していく過程と捉えることもできる
伝統芸能における「意味」「記号」
<深堀り会後>
ちなみにあれから、「歌舞伎はどのような過程をたどって伝統芸能になったのか」ということを調べてみたいなと思いました。問いというか、リサーチのレベルなのかもしれませんが。歌舞伎の変遷を追うことで、意味や記号のメカニズムを具体的に考えるというのをやってみたいかも、と。歌舞伎の知識はゼロなんですが、だからこそ、変に力まずにやれるのではと思いました!