2025-12-30
Noism金森穣氏による、新潟市が提示した新制度任に対する任期更新の拒絶に関するブログを読んだ。
https://jokanamori.com/2025/12/29/490/
うーん、これは…。
私もダンス関係者なので金森氏側の視点でものを見ようとしてしまうだろうから、いずれ行政側の言い分も確認しておきたい。
私が確認した範囲ではりゅーとぴあ(新潟市芸術文化振興財団)からの声明がすでに出ていて、こちらを読む限りではりゅーとぴあ側は金森氏の退任を決定事項として受け止め、その後の体制を見据えた結論を出しているよう。
文化的なことに予算を注ぐには難しい時代だということは肌身に感じてはいるし(フランスでも舞台関係の予算削減が進んでいるとも聞く)、人が生きるということを最優先すべき局面では文化の必要性を声高に叫ぶことも難しい。
ヨーロッパの劇場の仕組みを持ち込むやり方が、社会構造や文化の立ち位置が異なるこの国で容易に成り立たないことは十分に想像できる。でも金森氏は20年以上も行政と渡り合い、自身の理想ばかりではなく政治的な構造や都合も理解した上でどうしたら日本の土壌に文化の未来を築けるかに腐心してきたはず。
行政側としても20年もあれば海外の事例を検証し、試行錯誤する時間は十分にあったのでは。それなのに未だ専用スタジオも用意できないままであるとか、劇場の側に雇用された専門スタッフがおらずカンパニー側にその責任を所属させ続けていた現状を見るに、そもそも行政側は舞台芸術を根付かせるための土台を築く気があったのだろうかと考えてしまう。
インフラや教育といった社会の基盤が「上が変われば仕組みも全部ゼロになる」ようなことになれば、その恩恵を受けるはずの市民にしわ寄せが行く。金森氏が指摘するように、現在のレジデンシャル制度は状況に関わらず年数で区切る公務員の基準を芸術の世界に持ち込んでおり、劇場側に雇用される仕組みもない現状では、監督が代われば長年醸成されたものがすべてリセットされてしまう。
このような「継承されていく文化のための制度ではない」脆い土台の上で、これ以上芸術家として献身できないと語る金森氏の苦渋の決断には大いに共感する。文化もまた未来を支える不可欠なインフラであるという意識が今の制度には決定的に欠けているのではないか。
この件についてはまだ発表される声明もあるだろうから、動きを追っていきたい。
20年以上の期間があったとはいえ、行政側にとっても前例のなかった仕組みを何とかここまで繋いできた末の苦渋の決断であったのかもしれないし…。
国の仕組みが文化をこれまでのようには余裕を持って支えてはいかれなくなっている現状も感じているし(社会保障や重税にあえぐいち市民として…)…。ため息が出てしまうな。
#社会問題
#12-30