2021-08-21異国のなかの異国、堰
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様々な色の電飾が下がっていてアジアの屋台のようだったが、見回すとそこにいる人や雰囲気は北アフリカだった。
精巧な曲線を描いた額にぴったりとビロードみたいに肌が沿い、電飾が煙るようにうつって、彼女が大きな身振りをするたびに色がさざなみのように変化していった。
私は近眼だがそれよりも困っているのは鳥目であることだった。特にこうして逆光になると。彼女がどういう表情で追い立てられるように話しているか見えなかったが、そんなふうに眼鏡をかけないまま風景を見ていたいことがある。ぼんやりと滲んで見えているはずのものも暗さに沈んで判別できないのだけれど、視界をなににも覆われないまま、ひらいていたい。
足元が暗いので一歩踏み出すたびにほんのわずか脚の筋肉が緊張する。
ざっくばらんな場所だけれどトイレは思ったよりも手入れされていて、ああ、そういうお店なのか、と思う。
店主の奥さんは快活なひと。お父さんを麻薬の密輸組織に暗殺されたそうだ。
ご飯も美味しいらしいので次回は食べてみようかな。
この時期だというのに、いやこの時期だからこそわざわざ選んで日本から来たという方とも出会った。
ひとに会えばワクチンの話、デモの話、もう少しさかのぼってロックダウンの話、フランスや日本の政策についての話になる。数を聞けばきくほど、ひとはそれぞれ全然違うものを見ているのだと思い至る。
もうぐったり疲れたりはしない。交差点に立って、行き交う車を眺めているようなものだ。
自分がイメージしていたそのひととは少しずれたような言動を繰り返すとき、ひとまず芯には飛び込まず脇において、言いたいがままにさせておく。しばらくは糸口が見えない。まったく別の話が続いて、近づきもしなければ遠ざかりもしない。また小さく引っかかる。もしかしたらわたしがその人を知らずこういう面があったというだけだったかと思い始めた頃、目の前のそのひとの表面がぐらつき、堰が切れる。
そこで溢れ出したものを私はまちかまえていたはずなのだが、ただ、見つめてうなずくしかない。
なにも言葉にならないことを思い知るために、私は待っていたのだろうか。