📖『街とその不確かな壁』(下)村上春樹(新潮文庫)
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『街とその不確かな壁』(下)村上春樹(新潮文庫)
#2026-02-08
特に何も起きずに物語が終わるんだろうな、ともうじき読み終わる頃に思った。
でもそれこそが村上春樹がこの物語との決着として選んだかたちなのかもしれない。そういう風に思ったのはガルシア・マルケスの作品を読んだ図書館の女性の、彼の作品の中には死んだ世界のものが日常と境なく登場するけれどきっと作者には実際にそれが本当に見えていて、見えているものを書いているに過ぎないんだと思う、というようなセリフを聞いた後だった。
村上春樹はいつも同じことを言っている。ストーリーや登場人物の名前は変わるけれどいつもその土台にある骨組みは一緒で、帰るところは同じ場所だ。
『世界の終わりと…』で語ったことから何ひとつ違うことを言っていない。最初は「どうして今になって敢えてこれを書いたんだろう」と思いながら読んでいたけれど、終わり近くになって、何十年も書いてきて、何十年も読まれてきて、この作家はこれを書かないわけにはいかなかったんだろうということを思った。
でも、それは、年齢を重ねてきた作家に対して私が抱きたい感想からはちょっと遠いような気もする。
彼の作品はどれも読んでみればやはり面白いんだけど、どうしても「若い頃に読んだ村上春樹」というか「あれを読んだあの時代のあのわたし」みたいな感覚から逃れることができなくて、それは何も私が村上春樹を読んだ時期がちょうど思春期くらいだったからという理由だけではなくて、いつまで経っても村上春樹は思春期みたいな人のことしか書かないなという感想と無関係ではないんじゃないかと思う。
どうしてもそこから出立できない何事かについて、いろんな角度から(時にはこの世を離れたりしながら)書いているが、その亡霊を描き切ることも、新たな命題を見つけることもできずにいつのまにか年月を重ねてしまったような、…もちろん私が感じている作家その人自身ではないのだろうけど、何かそこにいつも佇んでいる亡霊のようなもの、それがいつまで経ってもただそこに居続け、立ち去らない、かといってはっきりと見えてくることもない、曖昧に躱され続けたままだ。
何も起きなかったというのは、本当に何も起きなかったから言うのであって、物事が起きなくても内的世界では遠くまで行ける文章というものも勿論存在するのだけど、この作品に関してはもうほんとうに何も起きなかった。村上春樹という図書館の本を集めてそこに使われている単語やフレーズを抜き出して、丁寧に貼り合わせて、暖炉の前でじっくりと読んでもらったような感じだ。
別にそれがだめだったというわけではない。
でもなんだか、ああ、物語は終わったのだなと、そういう風に思う。
『世界の終わり…』が終わったからなのか、もうこの図書館に来ることもないかもしれないと思ったからなのか分からない。
ほっとしたような、物悲しいような、変な気持ちだ。
#読了