📖『火星の人』アンディ・ウィアー/小野田 和子訳(早川書房)
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『火星の人』アンディ・ウィアー/小野田 和子訳(早川書房)
主人公は『プロジェクト・ヘイルメアリー』と同じようにこれ以上ないくらい絶望的な局面なのにふにゃらかと明るい。どんな危機も機転で乗り切ってゆく。 こんな手作業みたいなことでうまくいく?と思ったり(『アポロ13号』の映画を見たときのことを思い出す。えっ、手で運転するのでいいの?!)やっぱり事故起きるよね!と思ったりしながらどきどきしつつ読むも、この愛すべき主人公をむざむざとアンハッピーエンドに突き落として終わるわけはないよな、と心のどこかでは思っている。
うまくないSF宇宙トラブルものだと登場人物の誰かがどこかに買収されていたり主人公の死を密かに企んで裏切ったり、または危機的状況に精神を破壊されたクルーが致命的な失敗をしたりするような場面があるのだけれど、現実には宇宙飛行士というものは知能や技能だけでなく精神力や人柄やおそらく生まれてからこのかたどんな人間関係の中を歩んできたかがすべてしつこくあぶり出され試されるはずなので、こんなことでパニックに陥ったり計画をぶっ潰すような奴を見抜けんことがあるかいなといつもがっかり、憤ってしてしまう。
その点、本書に出てくる人物は全員がプロフェッショナル、自分の能力の120%を常時発揮できる人間だけなので安心して見ていられる。人間は未踏の自然や物理現象とのみ戦っておればよい。
『プロジェクト・ヘイルメアリー』と同様心の中で応援や称賛を送りながら楽しく読んだのだけれど、今回はひとつだけ苦い気持ちを感じた。それはこの著作/作者には全く関係のないことであり、著作/作者には何の問題もなく責任もないのでこの書籍の感想として記すべきではないとも思いつつ、個人的な忘備録として書き残しておきたいので書く。
ーーー(以下結末のネタバレあり)ーーー
それは火星に取り残されたひとりの人間を、お金に糸目もつけず、他のクルーの危険も織り込み済みで助けようとし、それを世界中が一丸となって支援し見守ることだ。
ひとりの命を救うために何兆ドルも使い、あるひとつの国家の未来のプロジェクトを諦める、それはこれが人類の未来に関わることだからという理由以上に「仲間が死にかけていたら助けようとするのが人間だろ(すみません、こんなセリフはありません)」という人間としての愛への信頼がここには描かれている。
主人公は決してへこたれないがシリアスになりすぎない楽しい人物だし、それを支える地球側の人間も宇宙船のクルーもみんな有能でナイスな人間で、だから計画が成功するのを読者のわたしも心待ちにしたし喜んだけれど、ああ、でもこんなクリーンな世界、こんな理想みたいな世界はどこにあるんだろう、あるとしたらその世界は、今の、パレスチナで世界中の人が見守る中で子どもたちも大人も酷い殺され方をしている、それなのにそこにひとつも有用な手を打てない世界と全然違う場所にある。
いや、全然違う場所にあるならばまだましなのか。
このふたつは同じ世界のなかで起きていることなのだった。
見ず知らずの、火星という遠い場所にいる人間を心から心配し助かってほしいと望む気持ちを持つ同じ人間(私も)が、虐殺されている何万人に対しては目を逸らし口をつぐむ。
その、もうこの何年も見てきた構図のことをこの楽しいお話の中で思い起こすとは考えてもいなかった。
この話の主体が西欧世界であり、この作家が現代のアメリカの人であるというところもまた手伝って、美しい世界を見ていられる"恵まれた”人間だけのための話であるような気持ちに、少しなってしまったのだった。
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さっきも書いたように、2024年を生きている自分のほうに大きなバイアスがかかりつつこれを読んだことは自覚している。だから私が興味深く思って書き留めたかったのはもちろん作品に対する批判ではまったくなくて、受け取り手の認識によってその作品がいかに変わるかということだった。それから、バイアス抜きに読もうと思っている自分も、偏りを完全に手放せはしないのだという自覚。
作品は世に出されるために固定される運命にあるが、それがどんな時代、どんな人に受け取られるかは分からない。受け取り手はいつだって動いている。歴史によっても、個人的体験によっても。
このような楽しくてストレートなSFにすらそれが生じうること、それを体験してちょっと驚きもあったので、記しておく。
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だから私は言葉にできるようなテーマのものを作らないのだ、ということも改めて考えた。