📖『動いている庭』ジル・クレマン/山内朋樹 訳(みすず書房)
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『動いている庭』ジル・クレマン/山内朋樹 訳(みすず書房)
またフランスのような国では、自治体が荒地を抱えると市長は不安になる。彼は荒地を恥だと思っているのだ。これら二つの態度は、同じひとつの意味に帰着する。つまり、人間の力が読み取れなくなると、深刻な敗北とみなされるのだ。すぐ分かるとおり、この発想は創造のあり方を極端に形式化してしまった。なぜなら人間の優位を表現して読み取れるようにするのに別の方法がなかったからだ。こうした発想が生まれてくるのは、おおそらく形ーすなわち制御された形ーというものが、とてつもない力を享受しているからだろう。この力は未知のものが残っていると不快になり、それを警告する。だからゆるぎない構想に基づいた伝統的庭園は、精神を落ち着かせ、ノスタルジーを涵養し、疑問を抱かせることがない。(p7)
百年前まではまだ、人はあらゆる事物や現象を分類し、調査し、類縁性人人間は一度土地を得ると、それを手放すことができないのだろうか?に従って再編していた。こうして、思考の基礎を果たしていた偏執的な類型化は究め尽くされた。そこでは植物も、それが位置づけられるべき系統だった秩序から逃れられなかったのである。しかし今日、新しい事実が生じている。この事実はあらゆる分類の秩序を破壊し、法則のもっともゆるぎない部分からも逸脱している。そして次に破壊されるのは、秩序だった思考の結果としての庭なのだ。(p8)
人間はひとたび土地をえると、それを手放すことができないのだろうか? (p9)
完成するやいなや、人間が築きあげたものは後戻りできない変質のプロセスに入っていく。それは進化に適していないので、遅かれ早かれ崩れて行かざるをえない。だからつくり終えたとき、それはすでに死んでいる。反対に、自然は決して完成しない。自然は暴風雨に晒され、火がもたらす灰を解釈し、そのつど新しい、激変する基盤のうえで生のプロセスを創出する。(p14)
シリスは時に、死と再生の色である緑によってあらわされると言う。なぜならオシリスは、エジプトの神殿に君臨する以前には植物の神だったのだ。(p21)
アンドレ・シトロエン公園の「動いている庭」のために用意された植物のリストは雑多な種の混合となっており、その大半は異国の植物相に割かれている。そういうわけでこの庭は、パリと同じ気候下にある北半球の、地球規模のバイオドームの典型的な姿となっている。(p70)
フランソワ・ベアリュとの共著『荒地礼賛』 #あとで
#Gilles_Clément
#読了
#10-20