「ニュー・ナンバーズ」
新潮2025.8
ショート・ショート
本人曰く,2万字以内の自作で最も気に入っているとのこと
物理学もそうだが,哲学と数学で女性が特に少ない
計算機の大元はジャカード織機だった.織物から始まっているのだから,(プログラミングが現在では男性的な印象であるのに対して)女性的な印象が付与されていてもよかったのでは
女性的な事物に依ったゆるふわ物理,例えば編物物理学とかでSFやってもいいのでは
物理学が女性中心に進展していたなら,宇宙とかワープの利用法として,妊娠という困難の解決に使われたのでは
科学理論がそれを提唱した科学者のジェンダー・文化背景の影響を受けているのではないか,という議論は,科学哲学における社会構築主義によるもの 私を含め,数学・物理学・計算機科学の研究に従事するもののほぼすべては,それらの学問における(十分な検証を経た)科学理論は社会構築物ではないと考える(=社会構築主義の立場をとらない)
上記の考えはあくまで科学理論に対してのものであり,学問を取り巻く文化に対する影響については,一定程度存在すると思われる.
これに対して,金子邦彦は,科学そのものも文化活動のひとつであり,世界の見方を提供すると言う点において,芸術活動とも近いとする.(「科学は文化」『カオスの紡ぐ夢の中で』) モデルの恣意性や,科学者の先入観が科学の発展に与えてきた影響を考えれば,これもまた説得的.
本作では,女性が多数哲学・数学の分野に流入することで,従来の男性哲学者・数学者ではまったく思いつかなかったブレイクスルーがなされ,それによって(女性における重要な困難である)妊娠・出産の問題が容易に解決されるようになった
前半部分,女性の新規参入によって(数学において)女性性に由来するブレイクスルーが生じた,というのは極めて社会構築主義的
しかしながら,数学の理論が社会構築物であるというのは,通常考えにくい.一般に,最も抽象化され,最も堅牢であると考えられている数学の理論が,実は社会構築物であった.という大嘘が,本作のSF的な嘘であると考えられる
知的生命体との意思疎通を研究するファーストコンタクトの専門家も,人間以外の知的生命体と人間とで最も共通する知識は数学的な知識であると考えている(=脳神経構造によらず,任意の知的存在によって認知される数学的構造は普遍であるはず)
ご本人による反論
大抵は、素数を送ったりすることになっています。それで四則演算について諒解して、お互いの社会について意見を交換したりすることになるわけですが、四則演算と社会的言説の間をどうすっ飛ばしたかはあまり描かれることがありません。
宇宙船でぴよぴよやってくる宇宙人は科学から出発した想像の中の生き物なので、科学的な手段で相手とコミュニケーションしようとしますが、信心深い人がなにか霊的な存在の到来を考えたときは、とりあえず素数を送ったりはしないはずです。
私は論理実証主義およびワインバーグ主義(物理学帝国主義/還元主義)の信奉者なので非常に苦しい......
同じ物理学を知的背景としつつも,それを取り巻く信仰や嗜好が異なることがはっきりと自覚される
円城塔:熱力学が好き,還元主義を否定,万物理論に懐疑的
下村:熱力学が好きではない,還元主義を信奉,万物理論を確信
素粒子の沼から出てきて時間が経ち,やっと元の沼がかなり偏っていたのかもしれないという気持ちになってきた
後半部分,女性の新規参入と多様性によるブレイクスルーによって,女性の困難が解消される,というのはフェミニズム的
こちらについては,一転して,十分そうなるべき余地は(実際の歴史上)あったという点において,十分もっともらしい.おそらく,こっちの話をしようとして,前半部分の大嘘を導入したのではないか
また,本作の冒頭において,ニュー・ナンバーズによって超空間航行が可能になったという記述がある.超空間航行は,通常の数学・物理学では禁止される.
円城塔は,超空間航行・超光速通信について,「物理学で禁止されてるものは逆立ちしても無理だし,SFでそのようなものを使ってはならない(し,自分だったら絶対やらない)」と言っており,本作におけるニューナンバーズは,超空間航行を可能にするための(通常の数学と相矛盾しない)拡張理論として機能している
物理学であれば,先日の講演でも言っていた通り,許可したい物理現象を可能にするような適当な超対称性理論を導入すればよい.一方で,数学は理論のみで完結してしまうので,適当な嘘をつくのが極めて難しい.ニューナンバーズがオールドナンバーズのいかなる拡張でもないということを作中で強調しているのは,ニューナンバーズという大嘘の科学的正当性を保証するための苦しい言い逃れの表れ.
円城塔は物理学の人であり,数学について一定程度知っているがために,変な嘘を取り繕うと即座に数学的に矛盾しかねないということを把握しているので,ニューナンバーズはオールドナンバーズから完全に独立しているとの苦しい言い訳をせざるを得なかった,と読める
数学理論が社会構築的で,ある社会的属性の人々には理解不能,という主張は数学的にまったく意味不明
原始,計算機科学は女性のものであった
ex: ジャカード織機(その発明当時,織物はおよそ女性的なものであったとしていいだろう),エイダ・ラブレス(世界初のプログラマとされる女性)
しかし,いつしかプログラミングは男性中心のものになっていた.そうでない,男女平等・女性中心の分野・文化という可能性もあり得たはずだ
ここで,ジャカード織機,エイダ・ラブレス,プログラミング,計算,あり得たかもしれない架空の科学技術史,という項目から,『ディファレンス・エンジン』を連想する. 円城塔は,観測者によって変わりうる“真実”というものに興味があるのかもしれない
社会構築的な知識体系は,時と場所が変われば別のものに発達していたかもしれない
小説は,読者によってその解釈が分かれうるし,それが自然に許されている体系
観測するたびに変容し,観測を繰り返さなければならない量子力学
ヴィトゲンシュタインの言語ゲーム
関数マップ
総じて,ダイナミクスが好き,ということにまとめられてしまうのでは
ダイナミクスという観点からの探究も必要だが,ダイナミクス以外で語ることはできないか