読書感想「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」
https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51puvpjDw4S._SX349_BO1,204,203,200_.jpg
出版社 新潮社
2021年の年末から,全くアウトプットする気持ちが失せてしまい何も表現しないまま過ごしてきたけれど,久しぶりに感想を書きたくなった。
この本をすでに読まれている方にとっては,何を今更!であろうが,この本を読んで,頭の中でいろんなことを考えた。この「いろんなことを考えた」というわたしにとっての事実がわたしにとってよい本だったということになると思う。
年末年始,実家に帰ったらこの本があった。80歳になろうとしている母が買っていたのだ。ここ最近,母は読書がマイブームで,本がこんなにおもしろいのならもっと若いときから読んでおけばよかったと話している。電子辞書を片手に一生懸命読み進める母の姿は息子が言うのもなんだが,かわいらしい。
その母が,ウームウームいいながら読んでいる。この本が教育関係者でも話題になっていることは知っていたので(といっても内容のことは恥ずかしながら全く知らなかった)
「おっ,それ有名な本だよね。おもしろい?」
と聞くと,
「うーん,なんだか知らないカタカナの名前ばかり出てきて,わけがわからない……。わたしには難しすぎるよう……」
と答えた。
「じゃあ,なんでこの本を買ったのさ」
「K(娘,つまりわたしの妹)と,本屋に次の本は何にするか買いに行ったのね。そしたら,60万部突破!!って大きく書いてあったし,ちょっと薄めで,表紙は可愛らしい子の絵が描いてあったから買ってみたの」
「ははは,そんなんで買っちゃうんだ。ちょっと興味あるから,読み終えたら貸して」
正月中に母は読み終えて,わたしはこの本を持って上越に帰ってきたわけである。
著者のブレイディみかこさんは,わたしと同い年。そして,福岡県出身で当時,盛り上がっていた「めんたいロック」の実体験者,パンクにはまりセックス・ピストルズの私設ファンクラブを設けていたらしいから,この嗜好はわたしと丸かぶりする。 東北の田舎に住んでいたけど,高校生当時,福岡に憧れていた。ザ・モッズ,ザ・ルースターズ,ザ・ロッカーズ……大好きだった。高校時代,バンドを組んでセックス・ピストルズを歌いまくっていた。
そんなだから,ブレイディみかこさんが書かれる文体というか醸し出す匂いは,それだけでわたしを引きつける魅力がある。 この本は,イギリスの地方都市が舞台である。そこに住むブレイディみかこさんの息子さんが地区の公立元底辺中学校(日本の中学校とは年齢がずれるが)に通い,そこで生じる様々なエピソードを描いていく。その根底にあるのは,「極端な貧富の差から生じる困難さ」と「移民を受け入れ様々な文化が混合する中での差別」である(LGBTQも話の大きな部分に出てくるね)。で,興味深いというか,生活のリアルなのは,この2つが別々にあるのではなく,混合しているところだ。ここにイギリスの文化が重なる(加わる)ことでより複雑さが増す。 ざっと安っぽい言葉で紡いでしまうのなら,「多様性のリアル」を描いているわけだ。まだまだ鎖国感覚が強い日本に住むわたしにとって想像するしか無いのだが,たくさんの困難さを伴っているのだろうと思う。
たぶん,本書を読んで多くの方が心に残る言葉に「エンパシー」(と「シンパシー」)があるだろう。わたしもそうだ。ここの「エンパシー(共感)」には「ちょっとした想像力」を必要とするみたいなことを書いていた。
おっ,きたっ!
と思った。何年かに一度,この「ちょっとした想像力」の必要性のような文章がわたしの目に入ってくる。
例えば,「ポッカリ月が出ましたら」を著したキョンナムさんの講演。関東大震災の折に朝鮮人にひどいことをしてしまった日本人とそうしなかった日本人の違いを「ちょっとした想像力」という言葉を使って,お話されていたことを思い出す。もう15年も前,JRCでの講演の話だったと思う。
例えば,対話する社会へを著した暉峻淑子さん。対話を通し,健全な民主主義社会を実現していくには「ちょっとした想像力」(これはわたしの解釈ですけど)が必要になるということを本の中で散りばめているように読めました。 この「ちょっとした想像力」とは「こうしたら,こうなるだろう……」だったり「わたしがこのようにしたら(話したら),相手はこのように感じるかもしれない」のような先を感じる力のようなものです。これがあるかないかで,良好なコミュニケーションができるかどうかに関わってくるだろうなぁと思うし,自分自身,これを頭の片隅に置きながら相手と関わっているか?ということを問うことしきりです。
「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2」がすでに出版されているらしい。生活に余裕のない私は,いつ手に取れるかわからないけれど,近い将来,この本もぜひ読んでみたいと思っている。