自主ゼミになった3月も学びを止めない院生たち〜質問の時間に、めあての途中経過に、モノポリーに〜
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彼らはずっとゼミを続けるようです……笑。
そもそも、今日は、ちょっと緊張していました。
「目標と学習と評価の一体化などを自分たちは学んできたけれども、そもそも阿部先生に直接聞きたいことがある!」
というのです。確かに……、わたしはほとんど、彼らの前でわたしのことを話しません(笑)。
わたしのことなんか、どうでもよくて、彼らのやりたいこと、学びたいことをしてほしいからです。
わたしのことを学んだってたいしたことないし……苦笑。
それなら、共に課題を共有し、同じ地平線に向かっていろいろと話を繰り広げたいのです。
でもまぁ……。
確かに語らなすぎてきましたし、学修成果発表やプロジェクトセミナー、学会発表が終わって少し時間(余裕)があるし、彼らがわたしの考えていること、やっていること、学んできたことに興味があるのであるなら、一度くらい、徹底的に質問の応答をしてみる時間もいいかなと思って「どうぞ」と言いました。
結果……。
やっぱり、退屈な時間になったんじゃないかなぁ。
そもそも、わたしは自分の思いを話すのが下手です。自分のことを話すのが下手です。
妻や息子によく言われます。
真面目な話題をわたしが話すと、妻と息子はイライラして口を挟みます。
お父さんの話は回りくどい、話が長い、よくわからない、と。
わたしは問われると頭の中がグルグル回ります。
このわたしの頭の中の状況を少しでも正確に伝えたい、わかってもらいたい。
だから、なるべく背景も含めて丁寧に説明しようと。
その結果、△という言いたいことを伝えるのに、その背景から始まり、その背景に至る道程や、背景の背景を語り、その背景とはどういうことなのかを語り……。話しているうちに、あっちへいってこっちへいって、問われていることの直接な答えの前に、そのことを説明するための周辺の言葉の説明に入って……。
ああっ、自分で言うのも悲しいかな。
本当にわかりにくいんだろうなぁ……と思うわけです。
もう、自分の言葉にがっかりです。
学生はもう、わたしに問う時間などもたないだろうな、たぶん。
わかりにくい、退屈な時間がすぎることがわかったから
あっ、質問の中で、「阿部先生ともっと仲良しになるにはどうすればいいですか」という問いがありました(笑)。
つまり、まだ学生がわたしと距離感があるという証拠です。
わたし、ゼミ室にめったに行かないからね。
これはね、わたしが学生だったら大学の先生に来てほしくないから行かないだけです。
「来てほしくないでしょ?」
と聞いたら、学生たちはそんなでもないようです。
そうなのかぁ。そうなのかぁ。
へえっ、まぁ、わたしがそういう特殊な性格なのかな。もともと、自分から人に近づこうとしないしね。
まぁ以下に真面目に答えました。
「突然、部屋に入ってこられて困るでしょ。そのときに、研究をまとめているいいところかもしれないし、勉強の最中かもしれないし、はたまた……。そういうことをわたしは考えちゃうんです。それは自分自身が仕事や研究のまっ最中で突然連絡もなしに研究室に入ってこられたらそれはそれで迷惑だからです(ってその時は笑顔で学生に対応しますけどね)。だから、前もって○日の○時に○○があるから、先生時間がありますか。みたいなことを言われたら、用事が入っていなかったら行きますよ。本当にみなさんがわたしなんかとその時間一緒に過ごしたいと思うのでしたらね。」
もともと、コロナ禍前は、夜にゴルフ練習場で待ち合わせてゼミ生たちとゴルフの打ちっぱなしで一緒に練習を楽しんだり、頻繁にカラオケに行ったり、していたわけです。ゼミ生たちがわたしと一緒の活動が嫌じゃない、楽しいというのでしたら時間があえば喜んで付き合いたいと思っています。
まぁ、ただし、まだコロナ禍ですからね。世の中の状況はしっかりと見据えた上で活動したいとは思います。
それで、ゼミの中で?終わって?
もしかしたら、一番の伝統だったりして……汗。