日本学級経営学会設立
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日本学級経営学会・ホームページ
学級経営に関して
学級経営の大切さは、学校関係者なら誰でも認めるものである。 教職大学院内の言わば「(大学学部でいう)一般教養」的な科目(各教職大学院で共通的に開設しなければならない授業科目領域)に「共通科目」というものがある。これは、教職大学院で学ぶ学生が必ず、取得しなければならない単位であるが、ここに「学級経営、学校経営に関する領域」がある。学校現場に出ていくにあたり、大切なものと考えられていることがわかる。 しかし、学習指導要領を含め、文部科学省では「学級経営」を明確に定義してはいない。しかも現在、「学級経営」についての実践や考えを交わし合う全国的な場は用意されていない。言わば、「学級経営観」は人それぞれの頭の中にあるのだ。
現場では、「学級経営」に関する知識や技術、配慮がなければ学級担任の1日の仕事が成立しないのにもかかわらず、大学では「学級経営」の授業や研究が一向に進んでいない。理由はいくつか考えられる。「学級経営」という教員免許が存在しないこと、「学級経営」そのものは、様々な要素が複雑に絡み合って日常の学校生活内に存在するため、「これをした結果、このような結果が得られた」というような研究の対象として取り上げにくいことなどである。なにより、今まで研究者主体に構成されていた教育学部、教員養成学部では、心理学的、社会学的に学級内の出来事を捉えることができても、「今、ここ」の事実、学級担任の視点(いわば内的視点)として取り上げることが難しい状況だったと言える。
石川美智子(2016)によれば、日本の学術論文を検索する窓口として最も利用されているciniiで、2005年から2014年までの間、タイトルに「学級経営」という単語が入った論文数を調べると522件であり、そのうち査読論文は6件であるという。教育関係論文数からすればとても少ないことがわかる。もっとも、タイトルに「学級経営」という名称が入ったからといって純粋に学級経営のことを論じたものかは怪しい。また、タイトルに「学級経営」という名称が入っていない論文であっても学級経営の内容を中心に論じているものもあるであろう。しかし、ある程度の目安になるには違いない。これほど、「学級経営」は研究として進めにくいものなのだ。 学校というものが存在する限り、現存する「教科」は統合、廃止などで消失する可能性はあるが「学級経営」は存在し続ける。なぜなら、学習者が複数人いれば、1日のまたは1年の学校生活をどのようにしていくか、その対応、考え方等々が必要になるからだ。(例え「学級」という名称が無くなったとしても)そこに「学級経営」が存在する。
今こそ、エビデンスベースの学級経営の情報を共有しよう。経験則ではなく、カリスマ教師に従うのではなく、目の前の事実を積み上げたものを共有し合おう。わたしたちは「学級経営」の実践研究を蓄積、共有、交流、発展の場を提供したい。 「学級経営」の情報を積み上げていくためには、現場の実践家が多数参加してもらうことが大切になる。「学級経営」は現場で起きているし、現場の人たちに役立たなければ意味がないからである。
同時に「学級経営」を意味あるものとしていくためには、大学教員(特に実務家教員)の力が必要となる。現場の感覚を生かして、現場の教員と協力し、今まで蓄積されてこなかった「エビデンスベースの学級経営研究」を発展させる必要があるからである。
今まで、「学級経営」の実践研究が蓄積されなかった経緯を踏まえて、「論文」そして「口頭発表」に関しても工夫を加えよう。一般的研究の代表である量的研究をもとにした「仮説検証」型の研究はもとより、質的研究をもとにした「仮説生成」型の研究を積極的に取り入れたい。教室の「今、ここ」で起きている状況をエピソードで捉えること等、今まで現場で大切に捉えられてきたことを研究ベースとしてとらえなおし、認めていく必要がある。
以上のように「エビデンスベースの学級経営」実践研究情報を蓄積することで、今目の前の学級経営をよりよくしたい。そして、日本のよりよい「学級経営」の発展に寄与したい。
【参考】