Audible-内館牧子著「終わった人」感想
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早く現役を終えて、リラックスしたいようなしたくないような……、望むと望まないとに限らず、必ず訪れる「現役(の社会的)引退」。つまり、「終わった人」。この(生きていれば)必ず訪れる状態を少し、疑似体験をしてみようと興味を持って、「上越−福島」の運転の中、聴き終えた。
「社会的な役割を終えた」時、それまで培ってきた、自分なりの社会的な成果、位置づけ、立場、は全てリセットされて他の人たちと同等になる。結局は、この段階で、今までの自分は一体何だったのか……という状態になる。
そして、これらの立場がよい人(つまりは、社会的にいい気分に浸っていた人)であればあるほど、この「終わった人」になったときにもがき苦しむ時間や可能性が高い。
もともと、そんなに社会的な位置づけが高くない人間にとって、「終わった人」へそれなりにすんなりとソフトランディングできる。
特に、「(昔ながらの)男」は、そういった「社会的位置づけ」へのプライドが邪魔をしてなかなかソフトランディングがしにくい。 なんだか、わかる。
そして、自分は、もともと、プライドというものがあまりない人間なので、(といいながら、妻から言わせるとずいぶんもっているみたいだけれど)「終わった人」になったとき、「ソフトランディング」する自信はある。
もともと、「働く」という意識が低い人間なので、「終わった人」をすぐに受け入れられる気がする。
わたしの問題としては、家族(特に妻)へしっかりと「家族貢献」ができるかということだろう。 少しでも妻の負担を減らすことができるか、家事のバックアップができるか。
ここを少しでも楽しめるように意識変革していかないとなぁと思う。