Monasとしてのナラティブ
Narrative Heat Engineering: なぜスタートアップのバリュエーションは上がるのかとかも含めた話Yudai.icon
結局のところ良い整理ができているかでいうとかなり微妙
で、何が微妙で、何が見えないから問題なのかを言語化できてきた
まあ、当たり前っちゃ当たり前なんだけどね
以下自分が考えた文章
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一文
Monas は、アプリケーションやプラットフォームに閉じ込められたデータを、ユーザーが制御する空間へ移し、必要なときに接続・検証・再利用できるようにする。
説明
これまでのインターネットでは、ユーザーのデータはアプリケーションやプラットフォームの中に保存されてきた。SNS のデータは SNS の中にあり、金融データは金融サービスの中にあり、医療、教育、資格、契約、業務履歴、コミュニケーションの記録も、それぞれのサービスや組織の中に分断している。ユーザーはそれらのデータを使っているように見えるが、実際には、データの居場所、移動、共有、履歴、権限、真正性の多くをプラットフォームに依存している。
Monas が目指すのは、この構造の反転である。ユーザーがアプリケーションにデータを預けるのではなく、ユーザーや組織のデータ空間に、アプリケーション、計算環境、業務システムが接続する。データの居場所は特定のプラットフォームに固定されず、ユーザーの許可のもとで、必要な範囲だけ接続・共有・再利用される。
ここで重要なのは、単にデータを持ち運べることではない。データが保護され、履歴を持ち、誰が、いつ、どの権限で、どの状態を作ったのかを検証できることである。プライバシーがなければ、ユーザーのデータ空間は監視や漏洩のリスクを持つ。真正性がなければ、そのデータは他のアプリケーションや第三者から信頼して使えない。Monas は、プライバシーと真正性を分離せず、ユーザー中心のデータ空間を成立させるための前提として扱う。
Semantic Web や Linked Data は、データ同士を意味によって接続する「実線のウェブ」を構想してきた。一方で、Monas が作るのは、ユーザーの意思、権限、文脈に応じて必要なときだけ接続される「点線のウェブ」である。すべてのデータが常につながっている必要はない。重要なのは、ユーザーが許可したときに、必要なデータが、必要な相手に、検証可能な形で接続されることである。
この「点線のウェブ」では、データはプラットフォームに閉じ込められた断片ではなく、ユーザーの制御下で文脈を持つ状態空間になる。金融データ、健康データ、資格、職歴、学習履歴、契約、意思決定履歴、業務ログは、それぞれ別々のサイロに閉じたままでは意味が限定される。しかし、ユーザーの意思によって安全に接続できるなら、データ同士の関係が生まれ、より深い文脈を扱えるようになる。
ただし、Monas は安全な実行環境そのものではない。Monas がまず担うのは、データをアプリケーションやプラットフォームから分離し、ユーザー空間に置き、その状態、履歴、権限、真正性を扱えるようにすることである。データを使う瞬間の安全性は、ローカル端末、VM、TEE、暗号化ストレージ、OS、将来的にはハードウェアと組み合わせて実現される。Monas は、それらの安全な実行環境が扱うべきデータの状態と信頼性を提供する。
Monas の最終的な目的は、単に便利なデータ連携を作ることではない。サイバー空間において、人間が自分のデータ、履歴、権限、接続関係を自分の意思で扱えるようにすることである。言い換えれば、Monas は、サイバー空間における人間の自律性を、データ層から実装する試みである。
ってのを書いてみた、でYosui氏に色々と意見をもらって、最終的に言語化ができてきたYudai.icon
つまりは上記の表現では、最終的に何が実現できるのか?ってところの大きさ?派手さなどのポジションが表現できていないってのが何よりも問題であるってことか
上記を言い換えた文章として以下を書いた
それについては、以前から考えており、書いてみます。
- 利便性
- 安全性
この二つは、トレードオフで語られることが多いです。自分たちはこれをトレードオフとしてではなく、解決できる問題だと考えています。もちろん物理的な限界というものと物理的な発展(ハードウェアの発展など)が要求されているのもそうですが、現在の構造の問題として安全性と利便性がトレードオフになっていると思っています。ここで問題としているのは、プラットフォームやサービス内でデータを管理していることです。自分たちは最終的にこの構造を変えたいと思っています。
これも初めに書いた文章と同じ構造であると言える。
で、soma.iconが自分毎として捉えられる文章ではないって指摘してもらっていたことは、この部分だなと思った。
Yosui氏もSoma.iconも言いたいことは最終的には一緒な気がした
抽象的すぎるって言葉もちょっと違うんだろうな感はある
で、どうすれば良いのか?ってところやねYudai.icon
「プライバシーは必要」と言ったところで、必要だけど何?で終わるってことに気がついてきたから、「暗号化したままデータを使えると良い」が考えたことではある
だからFederated learningやdata clean roomの文脈が重要だと考えた
この思考の変化は間違っていないとは思うYudai.icon
というより必然で、自分たちも「データを使う」まで考慮してシステムを感がないとただ守るだけとかそんな話になる
それは製品としても成立しないし、何も使えない
ここからが問題なんだけど、最終的にどのようなものに使えるのか?ってところやね
AWSはそもそもAmazonのサービス内で必要としたもので、それを切り取ってある意味AWSとして提供を始めたのと一緒だと思う
ってことはこういう切り方じゃないとある意味では成立しないと言えなくもないのかな?
それともある程度見せるって形(つまりそこまで使われるユーザー量など関係なく)だけで良かったりする?
wwwやtcp/ipとかの成り行きを見れば逆にプロトコルとしての進め方はわかるかもしれないが、製品化とはまた別のゲームな気もする
僕たちが変えたいのは「ソフトウェア企業が、データを集めなければ価値を提供できないという前提」ってのはそうだと思う
これは最近話した人たちの中で「データを集めたくないが、データを集めている企業と同じ振る舞いがしたい」ってのは1つ重要だとは思っている
で、Yosui氏と色々と話してきた
結局今の市場としては、量子耐性とAIってのを入れるべきじゃないか?って話はあった