ダンスなら1話でしてるよ
社交ダンスよりコンテンポラリーダンスが好きなオタク視点で、「スレッタとミオリネのダンスなら1話でしてるよ」って話を書いてみる。 まず、「スレとミオにドレスで踊ってほしかった」って意見、めっちゃわかります。
公式にまんまと踊らされたみなさんによって10話ぶんくらいのダンス回が供給されましたね。
これはこれで大変ご馳走様でした🙏
じゃあ本編では結局ダンスしなかったのかというと、実はしてると思う。
「好きなダンス映画? それは『2001年宇宙の旅』だ。あの映画はダンスをしている。時間と身体を語っているから、そう思えるんだ。たぶん20回くらい観て、私の振付にインスピレーションを与え続けている。『2001年』で類人猿がモノリスのまわりで骨を投げたり、水源をめぐって争ったりする動きは、一種の振付作品だよ。『美しき青きドナウ』に乗った宇宙船の動きも、まるでダンスだ。この映画でポリーナが日常の動きからダンスを見出す過程も、『2001年』とダンスの関係に似ているかもしれない」。
「2001年宇宙の旅」はアポロ計画が進行するさなかの1968年公開の映画だが、SF考証的にリアルな宇宙船と宇宙ステーションのランデブー(接近のこと。*1 も参照)シーンなどが有名だ。
この描写の正確さは、実際の宇宙開発の関係者からも評価が高いらしい。
https://www.youtube.com/watch?v=ENCJ4GTZ_uA
ところでランデブーシーンのBGMとして使われている「青く美しきドナウ」だが、ワルツであり、元々舞踏会のBGMとして有名な曲だったりする。(*2)
つまり、キューブリック監督は宇宙船のランデブーをダンスに見立てていたわけだ。
(キューブリック本人がそう述べていたインタビュー記事があった気がするんだけど、発見できず…)
41秒めくらいから目をかっ開いてよく見てほしいのだが、最初のコックピットから宇宙ステーションが見えるシーンでは、宇宙ステーションが回転して見えている。これはつまり、宇宙船のスピンと宇宙ステーションのスピンが一致していないということだ。
次に、1:45あたりを見ると、宇宙ステーションのスピンに対して徐々に宇宙船のほうもスピンをかけているのがわかる。
そして、2:05の次のコックピットのシーンを見ると、宇宙ステーションは宇宙船から静止して見えている。つまり、宇宙船と宇宙ステーションのスピンの速度が一致しているわけだ。
そしてさらに、宇宙船と宇宙ステーションは、ともに地球周回軌道をまわっている。 これは確かに、まわる速さを調整しつつ、くっついたり離れたり、ひとりでまわったりふたりでまわったりするワルツの動きを彷彿とさせる。
https://www.youtube.com/watch?v=B6wnsE7uwP4
↑「青く美しきドナウ」でダンスをする例。コンサート会場の狭い通路で器用に踊ってるダンサーの人たちすごいな…(1:30 あたりから登場する)
自分はワルツを踊ったことはないのだが、まわる、ちかづく、はなれるを基本とした現在の宇宙機の運用というのは、西洋の人々のワルツの身体感覚から生まれてきたのかもしれない、と思った。(*3)
1話冒頭のシーンを振り返ると、スレッタの乗った宇宙船がフロントに接近するシーンは、2001年宇宙の旅の冒頭を彷彿とさせる。 そして、宇宙に浮かぶフロントを眺めていたスさんは、宇宙に浮かぶ人影を見つけ、乗っていた宇宙船からエアリアルで飛び出し、漂流者と「ランデブー」する。 この、二重の再帰構造をもった見せ方が、同じ主題を複数のパートが繰り返すクラシック音楽のようで、非常に美しいと思った。(*4)
そしてこれは、広い会場の中から運命の相手をさがす ダンスパーティー=出会いの場 と全く同じ構造になっている。(*5)
2001年宇宙の旅の「ダンスシーン」が深く突き刺さっている自分には、「これをダンスシーンと呼ばずになんと呼ぶ」と思ったわけだ。
もちろん、とてもそうは見えない、という意見が大半だろうということも理解している。
しかし、トマトはお花ですに見られるように、水星の魔女はそういった我々の常識的な視座に対して遠慮なく挑戦を挑んでくる。 さまざまな意味で我々の視座/視点を試すような展開や舞台装置が登場している水星の魔女では、今後も、ほとんど誰も予想しなかった展開が起こり続けることだろう。
そのすべてを愛せるように、目いっぱいの祝福を君に。 --------
*1 rendezvousというのは元々フランス語の単語で「待ち合わせる」「出会う」という意味だが、engageではなくrendezvousが宇宙船同士が接近することを表す語として定着しているのはなんでなんだろうね。
*2
SFといえば電子音という文脈がクラシックの使用によって崩されたわけだが、なにもそれはSFのテーマに「対置」させたものではなく、むしろテーマに「寄せて」置かれたものなのである。
*3 さらに言うとワルツのリズムは西洋の馬術に由来しているらしい。オケをやっていた頃に、指揮者の先生から「日本人にワルツが難しいのは、3拍子のワルツは西洋人が馬を駆るリズムから生まれたものだからだ」って言われたことがあったのを思い出した。
*4 オタク語で言うと「大事なことなので2回言いました」
*5 コックピットを与圧して宇宙服の内圧が相対的に下がることで漂流者の体の線が顕になり、ガール・ミーツ・ガールが確定したことを考慮すると、仮面舞踏会だったのかもしれない。 See Also:
実在する惑星探査機