ヤスオ:物語「抜身の刀」
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心無き太刀にいかなる存在意義があるというのか?剣士に殺しを教えるのは容易いことだ。しかし不殺を教えるのは困難を極める。
修行を始めた弟は、初めて触れたときから太刀に生命を吹き込む術を知っていた。道場の廊下では、弟を古の剣豪と比べる声も聞かれた。だが、成長し腕を上げるにつれて、弟の自惚れも増していった。ヤスオは気性が激しく天狗になりやすい質で、師範の教えを無視し、およそ忍耐というものを知らなかった。 弟が余りにも大きく道を外れていることを危惧した私は、彼に戒めを与えることはあえて避け、代わりに名誉心に訴えることにした。私は楓の種をヤスオに贈った。それは道場で最も高位の教えである「謙虚」の証。彼がいつしか忘れてしまったものだ 。種はあくまでも種にすぎない。だが時間をかければ、いつかその種が宿す美に気づくことのできる日が来るだろう。 ヤスオは種を受け取った。そしてその翌日、彼はソウマ老師に従うことを誓った。私は彼が真の剣士に求められる忍耐の心と美徳を学んでくれるものと期待していた。 だが、現実は違った。
ヤスオが自ら守り抜くと誓った人物を殺めたことは間違いないだろう。彼は祖国を裏切り、盟友を裏切り、そして自分自身を裏切ったのだ。私が違う行動をとっていたなら、弟が暗き道に下るようなことにはならなかったのだろうかと考えることがある。 だが私の役目は疑問を持ち続けることではない。私は己の務めを果たさねばならぬ。
明日の夜明け、私は弟を捕らえるために出立する。ヤスオという名の、抜身の刀を。