ブラウム:物語「閉じ込められたトロールの男の子」
「それじゃあ、寝る前にお話をしてあげようかね」
「おばあちゃん、あたしもうそんな歳じゃないもん!」
「お話は、いくつになっても楽しいものだよ…?」
少女はしぶしぶベッドに潜り込んで待った。おばあさんを言い負かそうとしたって無駄なのだ。窓の外では風がヒュウヒュウと吹きすさび、吹雪は悪魔のように渦を巻いている。
「そうだねえ…じゃあ、氷の魔女のお話はどうだい?」 「それやだぁ…」
少女がうなずいたので、おばあさんは微笑んだ。
「ああ、たくさんあるから、どれがいいかねぇ……?おばあちゃんもね、おばあちゃんのおばあちゃんから、よーく聞かされたものだよ。ブラウムがこの村を大きなドラゴンから守ってくれたときのこと!あるいは、ずっとずっと昔に、溶岩の川をすごい勢いで下っていったお話!それとも…」 おばあさんは言葉を切り、首を振った。「そうだ、ブラウムがあの盾をどこで手に入れたのか、話したっけね?」 少女は首を横に振る。暖炉の薪がはぜると、風は静かになった。
「昔々、この村を見下ろす山に、ブラウムという一人の男が住んでおりました。ブラウムはずっと自分の牧場で、ヒツジやヤギの世話をしていましたが、それはそれは心の優しい男で、いつも朗らかに笑っていました」 「そんなある日のこと、大変な事件が起きてしまいました。ちょうどお前くらいの歳の、幼いトロールの男の子が山を登っていると、真ん中に『真なる氷』の欠片がはまった、大きな石の扉を見つけました。扉を開けたトロールの男の子は、それはもうびっくり仰天!そこにあったのは、金銀財宝、宝石の山… 目もくらむような宝物の山だったのです!」 「でも、その宝物庫は、氷の魔女がしかけた呪いのワナでした。トロールの男の子が中に入ると、魔法の扉がバタンとしまり、男の子を閉じ込めてしまったのです。どんなに一生懸命押しても引いても、扉はびくともしません」 「そこへ通りかかった羊飼いが、男の子の泣き声に気づきました。すぐに村中の人が駆けつけましたが、力自慢の戦士たちにも、扉を開けることができません。男の子の両親はすっかり取り乱して、母親の悲しげな泣き声は山中に響きわたりました。誰もが諦めかけたそのとき…」
「驚いたことに、遠くから笑い声が聞こえてきたのです」
「そうだよ。お前は賢いねえ…。村人たちが泣く声を聞きつけたブラウムが、山の斜面をのっしのっしと下りてきたのでした。村人たちはブラウムに、トロールの男の子と扉の呪いのことを話して聞かせました。ブラウムはニッコリ笑ってうなずくと、宝物庫のほうを向いて、扉の前に立ちました。ところが押しても引いても、拳で叩いても足で蹴っても、ちょうつがいを外そうとしても、扉はぴくりとも動きません」
「そうだねえ、なんでだろうねえ…?」おばあさんはそうこたえて、話を続けました。「それから四日と四晩、ブラウムは岩に腰かけて、どうしたらいいかと考えました。なんといっても、男の子の命がかかっていたのです」 「そして五日目の夜明け、ついにブラウムの目は輝き、顔には満面の笑みを浮かばせました。『どうやらこの扉は通れんようだ』とブラウムは言いました。『ならば、通るのは――』」 あたまをひねっていた少女の目が、大きく見開かれる。「山だ!」
「『山だ』。よくわかったねえ。ブラウムは山の頂に登ると、地面に向かって拳を振り下ろし、下へ下へと山を掘り進んでいきました。ブラウムが拳をたたきつけるたびに岩は砕け石が飛び散り、やがて彼の姿は山の地面の奥深くに沈んで見えなくなってしまいました」 「村人たちが固唾をのんで見守るなか、ついに扉を支えていた岩が崩れました。巻き上がった砂ぼこりが落ち着くと、そこには宝の山を背に立つブラウムの姿があったのです。もちろんその腕には、ぐったりしているけれど嬉しそうなトロールの男の子が抱かれておりました」 「ところが、喜んだのもつかの間、辺りが激しく揺れはじめました。ブラウムがトンネルを掘ったおかげで、なんと山の頂が崩れてきたのです! ブラウムはとっさに魔法の扉をつかみ、盾のように頭の上にかざすと、崩れてきた山から村人たちを守りました。すべてが収まったあと、扉を見たブラウムはびっくり仰天。なんと傷一つついていません!この扉には不思議な力が宿っているに違いないと、ブラウムはそう思ったのでした。それからというもの、ブラウムはこの魔法の盾をずーっと手放しませんでしたとさ」 少女は興奮を隠しきれない様子で、背筋を伸ばして座っている。
「おばあちゃん、もっとお話して?」
おばあさんはにっこりして少女の額にキスをして、ろうそくの火を吹き消した。
「また明日ね。さあ、もう今夜はお休み。お話なら、まだまだたくさんあるんだから」