すぐに100点がとれてしまう子は…
100点だった子は「説明できる」を目指しましょう
宿題におけるけテぶれでも「100点だった子が練習で何をしたらいいかわからなくなる」という問題はよく聞きます。もちろん、2周目以降の練習のコツで示したように「学習方法」を探索してくというベクトルは大変重要ですが、そもそも能力的に100点という上限に達してしまっていれば、方法の工夫もしにくいですよね。方法が有効かどうかは結果からしか判断できないので、結果はもう100点のレベルにあるのに、方法だけを工夫させるというのはかなり無理があります。
このとき「答えを出すことができるというレベル」から「なぜその答えになるのかを論理的に説明できるレベル」への挑戦を促すことが有効であると考えています。「なぜその答えになるのか説明できないと、本当にわかったとは言えないよ」とはよく言われることですね。けテぶれではこれを「縦に深める」学習といいます。
やり方はとてもシンプルで、その問いた問題の中で「みんなが間違いそうな問題」を選んでその解放をノートにまとめるということをさせます。選ぶ基準は、自分が少し不安に感じる問題、最も難しいと思う問題、みんなが間違いそうな問題といろいろあります。最後のみんなが間違いそうな問題を選ぶという基準はこの後に述べる、協同的な学びにおける布石にもなりますので、できれば紹介してあげたい観点です。
観点の使わけもシンプルで、不安なら不安だった問題、全部完璧なら、みんなが間違いそうな問題。これでOKです。
「説明できる」を目指す価値
これは単純に「深く理解しておかないと、応用が効かないから」という次元で設定するのではありません。
「小テストで100点を取ることができる」というレベルはもちろん小学生として達成すべき大切な目標ではありますが、所詮”小学生レベル”です。しかし「自分が理解していることを、わかりやすく論理的に話すことができる」というレベルは、大人の社会でも通用することです。小学生レベルのものに合格できたのなら、中学、高校のレベル。。。と挑戦すればいいのですが、それは「学問」のレベルではそれだけ細分化されているのであって、それ以外では直接大人レベルに接続すればいい。算数という世界で先に進もうと思えば、中学レベル高校レベル、と順を追ってたくさんの壁を乗り越えなければならないが、その世界を出れば直接大人レベルに接続できるものはたくさんある。(けテぶれで「学び方を学ぶ」もそれ)
先に進んでもいいよ!と安易にいう危険性
100点だった子に対してどんどん先に進んでいいよ!ということもできます。こうすると自由進度学習のような雰囲気が強くなりますね。このアプローチを「けテぶれ」では「横に広げる」といいます。これはもちろん100点だった子が取りうる選択の一つではあるのですが、ただ形式的に答えを出すことを繰り返す浅い学習が繰り返されてしまうという危険性をはらんでいます。薄っぺらい「できる」で満足してしまい、立ち止まって深く考えながら「わかる」という体験を味わう機会を失ってしまうのです。
「横に広げる」という方向は子どもたちにとってもわかりやすいものです。だからこそ、安易にこの選択肢を与え、”自由進度”としてしまうと、学習の「深度」を損なう可能性があるのです。
もちろん先に進む選択肢を与えてはいけない、というわけではないのですが、それを与えるためには自分で自分の学習を自由に深める事ができる、という「自由深度」もまた並走しておかなきゃいけないのですね。