PM能力育成を考えるヒント
前提
企業が従業員に対して実施するPM能力開発において、最も大切な観点は、知識のインプット、仮想的な演習、実務、振り返りのバランスを、そもそもどのように考えていくか、という問題である
それは、自社の事業ドメインをどこに起きたいか、そのために、どんな事業戦略や組織戦略を採用するのか、また人材の入り口、出口をどう設計していくのか、という根本的な問題に向き合うことと同義である
現実
そこまでいくとあまりに壮大すぎる話になるので「それはさておき、とにかくPM能力開発プログラムを、研修として実施したい」というニーズが、ポンと発生する、といったことの方が通常である
しかし、大テーマが見えていないなかで、意味のある研修を企画するのは、これが案外、難しい
いわゆる普通のプロマネ技法を教えてくれればいい、なんて言われることもあるのだけれど、そういうものは大抵、帯に短く襷には長いものであり
もっといえば、PM教育でそういうことをやるのは、利がないとはいわないが、害も多い、と、思っている
というわけで
ひとつのプログラムを設計するにあたって、やはり、目的・目標をしっかりと定めて初めて、内容が決まるものである
目的・目標・内容が噛み合って初めて、意味のある場を作ることができる、というものである
しかし、企業内の企画立案者自身(人事の教育担当者や、事業部側の幹部社員、あるいは研修サービスのベンダー等)がプロジェクト進行理論の内実について詳しいということはどちらかというとレアケースで、いやそれどころか、場合によっては、立案者自身が、現場で何が起きているのかをつかむことすら不可能に近い状況であるにも関わらず、職務として立案させられている、なんてことも、結構ある
以上の論理的帰結として、登壇者の立場としては、できるだけ色々と考慮し準備しつつも、本番はえいやと飛び込み、当日は即興的に調整しながら、なんとか終えていく、ということばかりである
そうしたあれやこれやに、5年ほど向き合ってきた結果、各種のパターンや典型的な状況が見えてきた感覚がある
PM研修やPM能力育成のあり方を企画、検討する人には、以下の整理が参考になるかと思った次第
個人の問題
PM以前に、ビジネス基礎力が足りない、 ビジネスパーソンとして未熟
言語化、テキスト化、論点整理が苦手
ボールを溜めがち
適切にレスができない
やるべきことに向き合う姿勢が弱い
責任範囲の切り分け、適切なエスカレーションができない
日程や約束を守る意識が弱い
プロジェクト状況における心構えの問題
若い人に多い:失敗が怖くて行動できない、模範解答主義
技術者、職人に多い:そもそもマネジメントへの意欲が薄い、苦手意識
大企業総合職の若手~課長層に多い:謎の上から目線、発注者感覚
ベテラン層に多い:恥をかけなくて挑戦できない、プライドと現実の折り合いがついていない
SI業界の一部(大部分?)に多い:多重下請け構造の文化に染まりきってしまっている
プロジェクト進行の基本がつかめていない問題
プロジェクト一般
構想
成果物やプロセスの定義、表現
コミュニケーション、ファシリテーション
課題管理、問題解決
品質管理、中間レビュー
リスク対応
クライアントワーク特有
要望、要求、要件の切り分け
仕様書、設計書リテラシ
キーパーソンとの握り
中核的なニーズ、問題、テーマの発見
体制づくり、スコープ切り分け、全体統率
要件定義力
制約の見極め
全体像の把握
ゴールへの最短ルート発想
将来起こることへの想像
都合の悪い話を適切に出し、きちんと交渉する
影響範囲の精査、対案立案、提案、変更管理
深刻な事故、障害に対する適切な対処
社内改善系特有
ASISとTOBEの定義
重要な利害関係者の特定、関係づくり
意義や効果の表現(定量、定性)
反対勢力を仲間にする柔軟さ
本来のPM能力と、社内でゴニョゴニョする処世術の違いを適切に扱う
ゼロイチ事業開発系特有
そもそもの根底に必要なのは「商売」感覚
テーマを自分自身のものとして受け入れるスタンス
マーケットや顧客への迫り方(理解+関係作り)
オーナー/スポンサーとの関係構築、維持
成功失敗の評価基準を適切に持つ
「型」や「先生」「成功事例」の情報を求める心を捨てる
ヒリヒリ感と遊び心の両立
チームにフラット感をもたらす
既成事実を適切に取り扱う
PM知識、PM技術を知っているが、詰めが甘い
遅延への対処、検知
成果やプロセスへの徹底的なこだわり、コミット
労を惜しまない姿勢
信頼関係構築
契約、議事録、証跡管理
活動展開領域の個別知識、技術要件等への学習
PM理論についての理解不足、誤解
ウォーターフォールの過小評価
PMBOKの盲信
アジャイルの聞きかじり
アジャイルのセルフブランディング使い 等
組織的な問題
そもそも筋の良いテーマ設定でない(特に改善、ゼロイチ系)
経営側が、実務者を本気にさせられない
企画はあるのに、当事者がいない(ボールのお見合い、奪い合い)
いわゆる人事労務管理の二要因による不活性
動機づけ要因: 「達成すること」「承認されること」 「仕事そのもの」「責任」「昇進・向上」
衛生要因: 「給与」「福利厚生」「経営方針・管理体制」 「同僚との人間関係」「上司との関係」
ベンダーや下位者への丸投げ、予算管理者的行動
組織の多重化によるコミュニケーションコストが膨大すぎる
プロジェクトライフサイクルと各年度サイクルの不一致
社内の保身(出世生き残りが過当競争、減点方式)
流行理論の無節操な取り込み、氾濫
PM研修のプログラム設計の難しいところ
個人の問題
受講者のスキルレベルがバラバラ
そもそもの、PMスキルの自己評価の難しさ(告知文言)
プログラムに対する過剰な期待
受講者のお客様気分
組織的問題
事務局が受講者のスキルレベルを把握しにくい
受講者の業務の実情を把握するのが、事実上不可能
満足度、NPS等以外の結果測定方法に良いものがない
経営側が持つべきPMスキルの内実を定義しきれない
経営側がプロジェクト現場で起きている実態をつかめない
まとめ
PM能力開発において、施策の対象人材に対する「なってほしい状態」については、多様性は小さい
所属組織や企業の抱える問題を自分ごととしてとらえ、能動的に課題を発見し、ときには協力的でない利害関係者であっても説得し巻き込み、経営目標の達成に向けた自分の役割を正しく認識し、不足している資源は工夫して調達しながら、熱意をもって仕事に当たってほしい
あるいは、「具体的に進行している◯◯の案件や取り組みを成功させてほしい」
PM能力開発プログラムを立案することは、以下について考えることと同義である
その「なってほしい状態」と「いまの状態」にはどのようなギャップが存在するのか
どの程度のギャップが存在するのか
そのギャップは、なぜ存在するのか
ギャップを解消するために、施策対象者の各個人に対して、なにを知り、なにを考えてもらうとよいのか
上記の検討にあたって、それ以前の組織的な問題についても重々省察できているのが望ましいことは、言うまでもない
最後に、蛇足
ビジネスパーソンとして成熟していたら、つまり、他者との約束に敏感かつ誠実で、一定以上の論理的思考や創造的思考ができ、一定以上の自発性を備えた人であれば、また欲張るとすれば他者への共感性やサービス精神を兼ね備えた人であれば、いわゆる狭義のPM技法というものは、極論すれば、別になくても構わないものである
もちろん、問題が十分に複雑かつ巨大であれば、人間の素朴な認知機能では処理しきれなくなるので、一定のフレームワークによる補助の有効性を否定するものではない
重要なのは、フレームワークはあくまで支援機能、補助である、ということである
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