LLM、SNS、WEB、REAL
2023あたりから2025までは、LLMは色んな意味で模索期で、2026以降は定着期、という総括になるのではないか。
あらためて、個人利用で、意味のあるユースケースは出揃ってきたように思われる。
ネットリサーチ代行
自分が優位性のある分野の作文代行
自分には優位性のない分野の家庭教師
翻訳、語学アドバイス
あとは、見ていてあんまり意味がなさそうに見えるが、広がっていると思われるユースケースは以下である。
人生相談やカウンセリング
ストレス発散のためのサンドバッグ
大量かつ複雑なタスクの代行
SNS投稿やブログ執筆の丸投げ
上の世界と下の世界は、わりと似ているところもあるが、本質的にはまったく異なる。そのラインをまたぐかどうかで、人生がかなり変わる。
模索期では、みんながみんなAIしか見なくなるから、web上の記事はアクセスが来なくなる、という説があったが、どうもそんなことはなさそうである。
もちろん、AIの得意なジャンルの記事の需要は減るのは確かだが、かたやで、かえって需要の高まる記事群もある。
過去、書かれていないコンテンツ
人間味のある面白いコンテンツ
前者の代表は、ニュースである。
重要なのは後者である。言い換えれば、その出力をさせるプロンプトを考えるコストが高いもの、ということになるだろうか。
文体そのものだけでなく、論理構成や展開、参照情報のなかで、原則と例外が相剋しているコンテンツ。ノイズがスパイスのように機能しているコンテンツ。
SNS投稿においても、畢竟、求められるのは、ノイズでありスパイスであり、つまり、意外性である。SNSやブログをAI量産する、というアプローチは、本質的に筋悪である。
かたやで、たぶん、そうしたものがフィットする市場なりドメインなり、ビジネスモデルなりも、出てくるのだろう。機械化され、奴隷化されることを人間が臨む領域。健康食品、サプリ、青汁的な世界。
ネットの言論には、元々「意見」だけがあり、そもそも「事実」は存在しない。「嘘」かもしれない、という疑心暗鬼が増えているが、読み手が勝手に「真実」を見出すことも、同時に増えている。
リアルであることの価値は、ますます高まるのだろうという気はする。
人間は、他者の行動から、動機を類推する。そこには必ず、自分と他者のアナロジーを行っている。
その原理こそが、人類という種の社会性と生産性を導いてきたわけだけれども、ここ最近は、情報爆発により、かえって阻害要因になっているようにも見える。