6年間、自社サイトとオウンドメディアを自前運営で取っ組み合ってきた所感
企業活動や経済活動、表現活動などを展開する人間にとって、インターネット上で自分の情報を開示し、そこを起点として欲する顧客や支援者、ファン、資金や応援、いいねといった各種の経営資源を手に入れることを望む、ということは、ごく自然な発想である。
それを、いとも簡単にやってのけている(ように見える)人も法人も、たくさんいる。
しかし、自分も同じようにそれをマネしたら、再現するのかというと、そうでもない。
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まず、根本的な話をする。
ネットは便利だが、ディスプレイに投射される情報には、実体としてのリアリティが伴わない。情報が表示されるという現象そのものはリアルだし、表示される現象やムーブメントの変化そのものも、リアルであるが、発信者の人格やいわゆる「手触り感」は、情報化される段階で、綺麗さっぱり脱色されるのである。
一方、Web上の情報発信を通して、人が欲するのは、コンバージョン、つまり閲覧者からの、アクションの獲得である。
自分もやっぱり、Web上で何かを発信するにあたって、反応なりコンバージョンは、欲しいと思う。せっかく時間もコストもかけたのに、無反応で、果実も得られない、ということでは、続かない。
ここで最大の問題がある。人間は、リアリティの伴わない対象に向かって、アクションをする生き物ではないのである。
色々とやってみてわかったことがある。
「提供者が与えたいもの」がすなわち「閲覧者が欲しいもの」と重なるとは、限らない、ということである。
そもそも人間は「欲しいものではないもの」は、視界に入りすらしない生き物である。逆に、欲しいものは、どんなに見えづらくても、見つける。
ネットの視聴者は、常に、欲しいものを、鵜の目鷹の目で探している。検索だったり、SNSだったり、動画だったり、媒体は様々であるが、あらゆるアプリやメディアを横断し、能動的にリンクを押して、キーワードを入れ込み、アプリやブラウザを起動させ、視聴者は、常に、欲するものを欲している。ネット上では、閲覧者は「欲しいもの」へのフォーカスが先鋭的に意識化されている。
それは、世界の中心で言いたいことを叫ぶ人のメッセージとは、致命的に、重ならないのである。
情報の開示者は、見せたいものを見せる。
情報の閲覧者は、見たいものを見る。
両者の間には、想像を超えた隔たりがある。
ネットは「見せたいもの」と「見たいもの」の、すれ違いによって、成立している。
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いや、もちろん、ネットの別の領域において、「確立されたプロダクト」と「顕在化されたニーズ」が、各種の広告施策によって(あるいはプラットフォームのレコメンド・アルゴリズムによって)ルーチン的に結びついている、という現象も、起きている。そのような因果論的な、商業的な社会スキームが、お金を動かすことにより、ネットの基盤は存在している。
そのなかで起きている大多数のコミュニケーションは、縁起的なものである。縁起的コミュニケーションがあるから初めて、その部分集合として、因果的なルーチンが現象化される。
経済人は、意図的な「バズ」や「マーケティング・オートメーション」「リード・ナーチャリング」を求めるものである。それは、現実として存在はするが、参加する個別の主体者の意図の結果ではないのだ。それらは常に「結果として成立する」だけなのである。もちろん、なにかひとつのものが成立したあとで、そのデッドコピーを再現していく、ということもあるにはあるから、話はややこしいのだけれども・・・。
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自分自身の体験の話をする。
2019年に独立して、とりあえず、ないのも困ると思って、自分の会社のHPを作った。大して工夫もないものだった。ありあわせで、最低限必要な情報を載せていただけである。一応、問い合わせフォームは置いておいたが、別にそこに意味のあるメッセージが届くとも思っていなかった。
しかしあにはからんや、メッセージボックスには、かなり有り難い依頼が、思った以上の頻度で寄せられた。といっても、毎日バンバンくるわけではない。ポツリポツリと、である。そのなかには、自分のキャリアにとって、決定的な変化をもたらしてくれたものもあった。
独立して1年か2年ぐらい経った頃だろうか、せっかくこれぐらい問い合わせが来るのだし、もう少し見栄えのするものにして、自社の魅力を表現したら、もっと問い合わせがくるだろうと思って、デザインのブラッシュアップを行った。しかし、それをやっても、問い合わせは特に増えなかった。いやむしろ、微減したかもしれない。
そんな文脈とは全く関係なく、仕事が忙しくなって、自社HPのことは、正直なところ、忘れてしまった。
そうこうしているうちに、googleAnalyticsがいつの間にか、GA4にアップデートされた。設定変更も面倒だし、数字を見ているわけでもないし、放って置いた。
第6期目を迎えた頃、多忙の反動もあって、今度は逆に、仕事が寂しくなった。そうなるとまた、HPをどうにかしようかと思うようになった。いろんな仕事の実績が積み上がり、提供サービスも広がった。自分自身の提供価値についても、語れることは増えた。Wordpressにちゃんと向き合って、色使いやレイアウト、画像なんかもしっかりとこだわって、己のサービスの魅力を最大限に表現しようと思った。自分が解決できる課題について、困っている人が見てくれたら、きっと、HPから、なにかしらの依頼をしてくれるだろう、と、思った。
ちょっとした欲目として、自社Webサイトが24・365で稼働して、自動的にリード獲得!みたいな世界観ができたら、いろんなことがきっと、楽になるのだろうということも、チラとは思っていた。
専門的なアドバイスももらいながら、それなりの期間と労力をかけて、サービスページをブラッシュアップしていった。GA4も、入れ直した。作ったページを色んな人に見てもらう、ということも、やってみた。
結果、いくつかの新たな出会いを得ることができたが、まぁ、それはなんというか、LP作りのおかげで、というよりは、そういう一連の試行錯誤のなかで、縁を得た、という格好だった。自社Webサイトが24・365で稼働して、自動的にリード獲得!みたいな世界観とは、全く異なる次元の話であった。
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2024年の年末頃から、ここはひとつ、ブログをしっかりやってみようかと思った。なぜ、と言われても、よくわからない。サービスのLPを作った以上、人が来てくれないと、見てもくれないし、広告を出せばいいとも思えないし、読み物を書いてみようかと思ったという、ただそれだけのことだったような気がする。SEO的なものを、意識しないでもなかったが、SEOのために書くのも違うと思っていた。いつかまた本を書きたいという思いもあるし、その日のために、根本的に、これまで積み上げてきた思想を、体系として語り直したい、という思いもあった。
もちろん、語ることそのものが目的、というわけではない。そうやって語ることが、新たな出会いのきっかけになればいいなと思って、相談予約のフォームを置いてみたり、ディスカッションペーパーを置いてみたりとか、そういうことは、やるにはやった。ただまぁやはり、それ(問い合わせなり、リードなり、新規の顧客なりの獲得)が、唯一のゴールなのかというと、そうとも言い切れない。実にあいまいな思いで、始めたのだった。
一番最初は、やっぱりこう、自分自身の事業ビジョンとか、サービスや提供価値を説得するようなものを中心に書いていたが、だんだん書くこともなくなって、「そういえばプ譜のことをちゃんと説明してなかったな」とか「研修だと、ここまでは語りきれないな」というものを書くようになった。だんだん悪ノリしはじめて、またぞろHUNTER×HUNTERのことなんかも書いた。書きたい放題、書き散らした。
結果として、思った以上に楽しいコラム活動となった。真面目な話から、柔らかい話まで。実用的な話から、哲学的な話まで。いつのまにか、書くことそのものが面白くなった。「こんなことを書いたら、商売に差し支えるのではないか」と心配していたことも、思い切って書いてみたが、ネガティブな影響は、全然発生しなかった。
このエッセイを書いている現時点において、商売上、明確なメリットは特に発生していない。発生していないが、まぁ、別にそれはそれで、いい。
Webライティングというものや、CMSというもの、あるいはアナリティクスの使い方、SEOを始めとするWebマーケティング、Webプロモーションについて、実に豊富な示唆と学びを得ることができた。半年ぐらいの時間が経過して、多少は来訪してくれる人も増えた。GA4を学び直して、どこから来て、なにを見てくれているのかを理解できるようになってきた。
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最大の学びは、以下の3原則に集約される。
客の欲するものを与えよ
なるたけ、オーガニックで、消化にいいものを与えよ
与えたければ、発見され、選ばれるタイトルをつけよ
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以上の三原則は、いわば、マーケティング・コンテンツ作りの技術論である。では、そもそも自分は何を与えたいのか、何を与えることができるのか、何を与えるべきなのか、世の中は何を欲しているのか、誰が欲しているのか、欲している人は、いかなる探索行動を取っているのか、ということは、自身の経営論として、答えを出さなければならない。結局のところ、経営論がなければ、技術論には、意味が生じない。
一方で、技術論を理解することで、経営論に答えがでる、ということも、ある。まぁ、だから、面白いのだ。結局のところ、仕事というものは、言語化されたベストプラクティスやテンプレート、標準化された手順や形式知化されたノウハウでは、どうにもならないのだ。そのことを理解したうえで、テンプレートその他の情報資源を使うことは、構わないのだけれども、やはり、テンプレートをなぞればいい、という発想では、いつまで経ってもどこにも辿り着けない。
本件についていえば、いろんな気付きや学びを経て、最終的にたどり着いた自分なりのWeb発信の方針は、結局のところ、各種のノウハウが語ることと寸分たがわぬものとなった。だから、結果論だけみると、テンプレートをなぞったように見える。
しかしそれは一年前、その話を聞いて、イチミリも共感できなかったものだった。色んな試行錯誤をするなかで、自分自身の内的変化があって、結果的に、そうなった。
ノウハウやテンプレート、フレームワーク的なものはなぞること、猿真似することには、意味がない。ある程度の時間をかけて取っ組み合ってみないと、その意味する本当のところは、わからないし、実践的に落とし込むことも、できない。
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最後に、GA4について。GA4は、本当によくわからないツールだと思っていた。いろんなデータが視覚化されてはいるものの、いまいち意味がよくわからない。データが正確なのかどうかも、よくわからない。
そんななかで、ようやく「探索」の「自由形式」の使い方にたどり着いて、初めて「使えるツール」に見えてきた。しかもそれは、非常に単純で簡単なロジックで動いていた。
「ディメンション」と「指標」を選ぶ。あとは行と列にそれを与える。
ただ、それだけのことだった。
あとは、分析における基本用語と概念さえ理解すれば、想像を絶する自由度で、あらゆる角度から、Webサイトの状況を可視化できるのだ、ということが、理解できた。
https://gyazo.com/f5db5acc25f81cca0d12274f81a06c7e
ただ、それだけのことを学ぶために、非常に多くの解説サイトを閲覧したが、まったくもって、そういうことを教えてくれるサイトは、存在しなかった。
どのサイトも、似たりよったりな構成で、似たりよったりな文章で、よくわからないことを書いていた。
そもそもGA4というプロダクトそのものが、似たりよったりな用語のジャングルで、それもそれでどうなのかとは思うが、まぁやっぱり、SEOのための解説サイトって、このレベルのコンテンツにしか、ならないよなぁと思う。多分、書いている人たち自身、自分たちがなにを書いているのかなんて、わかってはいないのだろう。
自由形式で、見たいデータを見て、発見したのは、「意外とBingから、人が来てくれていた」ということだった。
ここにきて、まさかのBing!
でも、最近のMicrosoftの盛り返しの流れを見たり、大組織における情報セキュリティ対策のあれこれを聞いたりしていると、むべなるかなという気もする。
別に、そういう学びをもとめて自社サイトの運営をやっているわけでもないし、ブログを書いたり、分析をしてみたりしているわけでもない。しかし、結果として目の前に現れた、こういう学びにこそ、滋養があるのだろう、とも思う。