東京新聞 2025.3.27
朝刊
「練習は家でして」ストリートピアノをめぐる投稿が炎上したけど…そもそも公共の場に置くメリットって?
大阪市の複合施設「ATC」に設置された「南港ストリートピアノ」について、運営者が「練習は家でしてください。聞かされる側はたまったもんじゃない」などとX(旧ツイッター)に投稿したところ、大炎上した。ストリートピアノの利用を巡ってはこれまでも各地でトラブルが起き、撤去に発展したケースもあった。公共の場での演奏を考える。(森本智之)
◆日本では「にぎわいづくり」のために始まった
「ピアノはフードコートの中にあります。つっかえてばかりの演奏に多くのクレームが入っており、このままだとこのピアノを撤収せざるを得ない状況です」「誰かに届いてこそ『音楽』です。手前よがりな演奏は『苦音』です」。南港ストリートピアノの運営者は22日、公式Xで利用制限を求めるような投稿をした。
すると、「誰でも弾けるのがストリートピアノのはず」などと批判が殺到。運営者は25日、投稿を削除した上で、「表現が適切でなかった」と謝罪した。ATCによると、ピアノは入居する飲食店が設置。激しい批判がやまないことから25日夜に撤去したという。
そもそもストリートピアノはどんなものなのか。その魅力を発信するウェブサイトを運営する山本耕平さん(49)=札幌市=は「人の集まるところに置かれた誰でも気軽に弾けるピアノ」と説明する。
発祥は定かではないが、2008年には英国の芸術家が街角にピアノを置くプロジェクトを始めた。演奏を通じて人々がつながるきっかけのためで、以後世界中にも広まった。日本では2011年に鹿児島市の商店街がにぎわいづくりのために設置したのが始まりといい、現在は全国に700前後あるとみられる。
https://gyazo.com/f32596464b0699b3b1ea7d4cd6b39290
物議を醸した南港ストリートピアノ運営者の投稿(スクリーンショット、現在は削除)
◆「誰もいないところに置けばトラブルは起きないが…」
山本さんはその魅力を「誰でも気軽に弾けることにある」と述べる。「お互いに知らなかった人同士がピアノのおかげで交流できる。初心者でもたどたどしくても、一生懸命弾けば聞く人に伝わる。うまい、下手、を超えた感動がある」
ただその一方、トラブルも起きている。兵庫県加古川市は2023年、JR加古川駅に設置したピアノを設置半年で撤去した。「演奏ルールやマナーを守らない人がいた」というのが理由だ。騒音や、長時間の利用などでトラブルになるケースは多いという。
山本さんは「誰もいないところに置けばトラブルは起きないが、人の集まるところに置くから意味がある。弾く人、聞く人、設置者、周囲の人、みんなの協力は不可欠だ」と指摘する。
芝浦工大の武藤正義教授(社会学)は南港のピアノについて「ピアノの置かれた環境などに応じてルールは必要。運営者はもっと丁寧に説明すれば良かった」と理解を示した。南港ピアノはフードコート内にあり、飲食店の客は半ば強制的に演奏に向き合う環境にあった。「もっと違う環境なら練習で演奏してもいい。ピアノの状況ごとにルールは変わるが、ストリートピアノといえども一定の条件の中に自由がある」。実際、ホテルや美術館など閉鎖的な空間に置かれたピアノで、より厳しいルールを設けてあるところもあるという。
その上で、こう述べる。「言葉を交わさなくてもピアノ1台あることで、弾き手と聞き手がコミュニケーションできるのがストリートピアノ。他者の存在を忘れては、コミュニケーションは成り立たない」
https://gyazo.com/55fbc4ef3c9d24ffe4fbe19e02c30f5e
「南港ストリートピアノ」を設置した複合施設ATCのウエブサイトでは、休止が告知されている(スクリーンショット)
状況に応じて練習できるストピもあれば、練習に向かないストピもある。第1のポイントとして、ストリートピアノのルールや規範は、設置場所や状況に合わせて多様であることを一般の方も知ってほしい。ストピルールの多様性を知れば、南港ストピ運営者への多くの批判が的外れなことがわかるはずだ。ただ練習可能か否かにかかわらず、公共空間であるから聴き手の存在を無視した演奏はよくない。自然言語ではないが、ストリートピアノ演奏も一種のコミュニケーションなのだから。これは第2のポイントになるが、公共的なコミュニケーションとしてのストリートピアノを意識してほしい。そういった内容です。(2025.3.27 武藤正義)