心マトリクス概要
今から10年ほどまえ、私は小学校の教員として初めて教壇に立ちました。はじめの数日は右も左もわからずその日を過ごすことで精一杯だったのですが、少し生活が落ち着いてきたとき、ふと疑問というか不安に思ったことがあります。
小学校の教師として自分は子どもたちに「あれをしなさい、これをしなさい」「これがいいことです。これは悪いことです」と、たくさんの指示をしていました。
しかし、その根拠はどこにあるのか。何を根拠に、よい、わるい、を判断し、子どもたちに語っているのかということが、とても曖昧であることに気づいたのです。なんとなく周りの学校の雰囲気や、なんとなく自分の中にある「常識」から、子どもたちに「価値」を語ってしまっていた。これは非常に怖いことだなと思ったのです。
教師である自分は、子どもたちに様々な活動や価値観を押しつけることができてしまう。できてしまうからこそ、その発言や指示には根拠と責任が伴うのだな、と痛烈に感じたのです。
その日から、人は何を「よい」としてきたのか、ということを哲学や宗教の分野から徹底的に学ぼうとしてきました。同時に、学校ではなにが「よい」とされているのかを徹底的に観察し、両者を結びつけて、自分の指導にどうにか責任を持とうとしてきたのです。その中でできあがってきたのが今回紹介する「心マトリクス」です。 https://scrapbox.io/files/63b7af1d9c2c0c001d214578.png
道徳の内容項目とは、「A 主して自分自身に関すること」は縦軸、「B 主として人との関わりに関すること」は横軸、「主として集団と社会との関わりに関することは、縦軸横軸とのバランス 「D 主として生命や自然、崇高な物との関わりに関すること」は、右上の星として対応しています。
事前指導
学年のはじめには、ドラえもんなどを例にとって使ってわかりやすく解説します。のび太君は右下、ジャイアンは左上、左下がスネ夫、ドラえもんは基本的に優しくまた誰も持っていないひみつ道具をたくさん出せるので右上、しずかちゃんは右上だが、ドラえもんより少し内側、と説明します。こうして、知っているキャラクターで図を説明すると、子どもたちも理解しやすくなります。
次に、この世界は30年以上この関係性のままであり、それはなぜかというと「ドラえもんがすべてのトラブルを解決してしまうから」であることを確認します。
しかし、そんなキャラクターたちが心マトリクスの位置から動くときがあります。それは「映画版ドラえもん」です。映画版ドラえもんでは、だいたい、①ドラえもんが壊れ、②しずかちゃんがさらわれます。心マトリクス的に見ると、星の位置にいるキャラクターがいなくなってしまうのですね。
すると、他のキャラクターたちが、抜けた星を補おうと動くのです。まずジャイアンは・・・そう。突然やさしくなりますよね笑 心マトリクスでいうと、左上から右へ向かって動くわけです。次にのび太は?そう。突然、射撃の才能を開花させとても頼もしくなります。左下から上に向かって動くのです。この二人が力を合わせて星の位置に動くことで、事件が解決する。これが概ね映画版ドラえもんの展開です。(映画でスネ夫の存在感がないのは、彼だけ変化がないからですね)
ここまで理解できたら、これからの教室の過ごし方に意識を向け、この教室を「映画版ドラえもん」のような世界にしよう、と言います。
先生は、ドラえもんです。困ったときは頼りにしてください。しかし、先生に解決してもらってばかりだと、みんなの成長はありません。みんなが使えるひみつ道具は渡してあげますが、それを使って問題に立ち向かうのは、みんなであってほしい。という語りをして、終了です。
発問A 「今日の自分はどこにいましたか?」
・今日は太陽で友だちを思いやることができた
・休み時間が終わるときに遊びを切り上げてチャイムに間に合ったので、月!
・ちょっと友だちとけんかして「イライラ」にいってしまった。
・朝は眠くてスッポンゾーンだったけど、2時間目くらいから切り替えて、月にいけた
説明
心マトリクスを通して自分を見る、ということを毎日繰り返します。終わりの会のプログラムに組み込んでしまうのもいいでしょう。大きく掲示して、常にこの図を見ながら考えられるようにします。
慣れてくれば、朝の会に「今日、自分はどこを目標にする?」ときいてみます。心マトリクスを通して日々自分を見つめていくと、だんだん自分の傾向が見えてきます。自分が行きがちなエリアや、苦手なエリアがわかってくれば、その日の生活を見通して、心マトリクス上に自分の目標とすべき場所を見いだすこともできるようになっていきます。
発問B 「きょうのお話の〇〇くんはどのような動きをしましたか?」
・はじめは自分のことばかりを言って、周りを困らせていたので「北風」ゾーンにいた
・でも、最後には「太陽」ゾーンで、みんなを信じて思いやることができるようになった。
・△△さんが~~な行動をとったのを見たからだと思う
説明
道徳で扱う教材に出てくる人物の心の動きも、心マトリクスで解釈します。今日は、内容項目Aなら縦軸に関わる話、Bなら横軸に関わる話、と見通しをつけることもできますし、具体的な内容から、登場人物の心の動きを詳細に解釈することもできます。10分道徳としては、道徳のはじめの「教材内容の把握~心マトリクスによる解釈」で10分程度。これを全道徳のはじめの10分でやる、といったことになります。
これをすることの最大の効果は日々「発問A」を併走させることで生まれます。毎日「自分自身」を心マトリクスで見つめ、道徳の時間には「教材の登場人物」を心マトリクスで見つめる。「同じ道具」で両者をみるから、道徳の登場人物の心の動きと、自分自身の経験を深く関係づけることができるのです。
道徳において、教材で示される内容を「自分事」として捉えるということがとても大切だといわれます。心マトリクスは、教材と自分の経験をつなぐ架け橋となるのです。
各教科の学習場面における活用
学習場面では、月=個人学習、太陽=グループ学習として捉えることが可能です。総合的な学習の時間や、単元内自由進度的な学習で、自由度の高い学習環境を支える見方考え方として作用します。具体的には、以下に子どもたちの記述を引用します。
・月をやり過ぎたらイライラにいってしまうし、太陽でやりすぎたらダラダラにいく。だら、月と太陽を混ぜたらいい。
・月で頭が止まってしまったときに、太陽に行ってみよう!ダラダラに落ちていかないように注意して!
・太陽はずーーっと同じ人とやっていれば自己中になっちゃうから、いろんな人とやるといいよ!
・月は、集中したいときや、ゆっくり勉強したいときに使おう!
おわりに
各道徳の授業では、内容項目に準拠した精緻な見方考え方を学び、経験することが大切です。一方で、今回ご紹介した「心マトリクス」のように、内容項目すべてを俯瞰して考える統合的な見方考え方を紹介し、活用できるようにすることもまた、大切だと考えています。木を見て森も見る。道徳的価値をミクロとマクロの両面から眺めることで、深く広く理解し、同じ見方で自分自身を日々みつめることで、学習した道徳的価値を自分事としてとらえ、自身の生活に活かしていく。こういう学びを支援していきたいと思っています。