書籍_大前研一 敗戦記_ 大前研一
大前研一は北朝鮮籍だ──知事選挙で流されたデマ。ビジネス理論の世界から政治の世界へ飛び込んだ筆者が書き下ろす体験的政治論 内容説明 私財六億円を失い、財界人は手の平を返し、プライドは泥まみれになった。ビジネスから政治の世界に飛び込んだ著者が書き下ろす体験的政治論。
昔の本。おそらく、絶版だろう。図書館で借りてきた。いろんな意味で貴重な記録であると思う 大前研一の著書の中での最高傑作との評も見かけた コンサルタント業界のレジェンドの本として今再読する。
楠木建先生も推奨していた気がするが、昔の本を読むことには独特の味わいがある
大前研一「相手によって態度を変えないことをフェアだと思って生きてきたが、態度を変えない傲慢もある、と選挙に出て知った」
「市民」的な発想にたどり着いたのは、マサチューセッツで結婚した妻(おそらくピューリタン)の影響があったなど、いろいろ気づきがある。
大前研一は、反権力・反権威の人。そもそも登校拒否児。家が裕福ということもなく、奨学金だけでアメリカに渡った規格外の人。だから、日本社会では受け入れられない。別の言い方をすれば、大前さんは真のロック。
大前研一が入社した当時のマッキンゼー日本支社はたったの数名で、"いわばゴミのようなものだった"(P152に本人が書いている)。
「とりあえずコンサル」などという若者が増えた時代から考えもつかない時代である。それは時代だから別に良いのだが。
マスメディアの力が落ちてネットの影響力が増したこと以外は、30年経っても日本社会は変わっていない。
リー・クワン・ユーの推薦をもらったことを記者に話したら「それ何ですか?」と言われ(誰ですか?ではないのが悲しいポイント)、1行も新聞記事にならなかった。「肝油か何かと勘違いしているのだろうか」と記者の不勉強に激オコの大前先生。。
多分、自分が選挙権をもって、初めての都知事選で投票したのが大前研一だった。
本書内にある有名な加山雄三の助言。(第一章の終わり)この直言で「自己改造が必要」と気づいた50歳の大前研一であった。
「俺は選挙中、お前には何も言わなかった。あんなに一生懸命やっているのを見ると何も言えなかった。だけどね、あんた滑稽だよ。」
「あんたの政策は素晴らしい。僕なんかが聞くとその通りだと思う。でも、あんたはまったく『底辺』の人々の心に触れていない。おまえさんの言うことはやっぱり『底辺』が唸るもんじゃねえ。ごく一部の知識人がなるほどと思うだけだ。僕は吉本興業にも、どこのプロダクションにも属してこなかった。それで35年間歌を歌って食べてきた。その意味では、大衆が何を考えているのか、自分が掴まなかったら、すぐに客がこなくなる。だから、あんたより大衆が考えていることには敏感だ。」
「あんたがなぜ滑稽なのかというとね、全部1人でやろうとしているからだ。明治維新を見なよ。このまま行ったら日本は欧米列強の植民地になる、大変なことになるという共通認識があった。その危機感が皆にあって、皆がそれぞれの思いで、尊皇だ、いや攘夷だ、いや開国だと百家争鳴した。百家争鳴したけれど、そういう意見の違いを乗り越えて、このままいったら日本は植民地になるという危機意識をバネに、力をあわせてやりとげた。それを後の人が『明治維新』と呼んだだけだ。それと比較すると、大前さんは、全部自分で分析して、全部自分で答えを持ってて、何聞いてもわかってて、そして1人で興ってもいないのに、『平成維新』と言って、『平成維新です。みんなやりましょう』とやっている。それじゃあピエロだ。」
「『平成維新』なんて言葉はやめちまえ。基本的にはね、もっといい国作ろうと。日本というのはこんなもんじゃねえはずだと。我慢できないぞと、こういう言葉で言えば、一般の底辺の人にもわかりやすい。今の日本、家庭をもっと大切にしよう。もっといい国作ろう。それで、その結果として、皆が集まってきてやったものが、後の人が『あれは平成維新だったな』と言ってくれるんじゃない。一回呼びかけかた変えて、『平成維新』だなんだって答えがわかっているようなことを言うのをやめなよ」
2024/6/29