書籍_ジョブ型の真実とAIと協働_山崎憲
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いま、日本では「ジョブ型」か「メンバーシップ型」か、という問いが繰り返し語られている。政府や経済界は、低成長などといった問題への処方箋として「ジョブ型」を掲げ、これまでの日本型雇用慣行の見直しを求めてきた。しかし、そもそも「ジョブ型」とは何か。「メンバーシップ型」とは何のために成立し、どのような役割を果たしてきたのか。そして、AIやデジタル技術の進展は、この論争の意味そのものを、どう変えようとしているのか。本書は、こうした問いを歴史・政策・現場の実態に即して、考え直すためのものである。
第四章:AIの進化と仕事・組織の変容
仕事の再定義
AIの進化はジョブ(仕事)全体の消滅ではなく、「タスク(ジョブを構成する最小単位)の再編成」をもたらしている。
ホワイトカラー領域では「定型業務」、ブルーカラー領域では「進捗モニタリング」が自動化の対象となる。
結果として、人間が担うタスクはクライアント折衝、戦略判断、創造的問題解決へと再定義され、個人・部門・企業間の連携が強化される。
組織の「コクピット化」と二層化
心理的安全性という名目が、実態として「協働の強制」や「モニタリングの強化」に繋がり、組織のコクピット化(可視化・管理の高度化)を招いている。
組織内は、AI等のデータを扱う「監視判断役」と、指示通りに動く「作業役」の二層化が進む。
労働のデータ化(The Datafication of Work)と組織ネットワーク分析(ONA)
協働への参画度や貢献度がデジタル技術によってリアルタイムにスコア化・把握される時代へ移行。かつての「大部屋」「三人寄れば文殊の知恵」といった定性的な概念も可視化される。
これらの仕組みから労働組合は排除されがちである。可視化自体は悪ではないが、これが「管理取引(上意下達の統制)」に吸収されると、協働が従属を正当化する指標に変質する。
管理レイヤーの統合
「人事制度」「デジタルでの行動把握」「スキルセット・タレント情報」の3つのレイヤーが統合されつつある。
米国企業の評価・採用トレンドの変遷
評価の転換: 業績下位を機械的に淘汰する「ランク・アンド・ヤンク」を廃止し、組織への貢献度、協働の質、および潜在能力を重視する方向へ転換。
新卒採用: 専門性だけでなく「協働力」を重視。ゲームを用いた行動スコアリングなど、擬似行動データを活用したデータドリブン採用が浸透。なお、米国の新卒インターンシップは国や大学による規律のもとにあり、無秩序な競争ではない。
第五章:HRテックの正体とAI時代の労使関係
HRテックの本質とリスク
HRテックの実態は単なる人事事務の効率化ではなく、人材を「コア・連結・専門・周縁」に区分するための「選別」の道具。
AIによる過度なモニタリングとスコア化は、労働者のストレス増大、プライバシー(人権)侵害、自律性の低下を招く。
対抗軸と求められる枠組み(AI・SHRM・協働強制への対応)
企業に対する市民や組合による牽制、説明責任(アカウンタビリティ)の義務化が必要。
必要な人的資源管理(HRM)・労使関係の枠組み:
データの透明性・説明責任の徹底
中間層の包摂と多様性の保証
多元的・複線的な評価制度
労使・市民を巻き込んだ合意形成と制度運用
AI・データガバナンスに関する教育
労働組合は、AIやデジタルが捉えきれない「見えない領域」のイノベーターになるべき。
エピローグ:組織内民主主義の危機と「自分ごと」化
組織のデジタル管理化により、働くことの「他人ごと」化が進み、組織内民主主義の危機が生じている。
仕事や人生の目的を自らの手に取り戻す「自分ごと」化の復権が不可欠。
人間は複数の共同体に属する存在であり、企業内での協働を重視しつつも、その境界線(バウンダリー)を社会的な合意として制度化することが求められる。
ジョン・R・コモンズの制度経済学における「3つの取引」解説
アメリカの制度経済学派の祖であるジョン・R・コモンズ(John R. Commons)は、経済活動の最小単位を「商品(物)」ではなく、人間関係の調整を伴う「取引(Transaction)」と定義しました。彼は、社会の法的・組織的な関係性から、取引を以下の3つの類型に分類しています。本著では、AIによる労働の可視化や管理のあり方を分析する枠組みとして用いられています。
【コモンズの3つの取引形態】
▲ 割当取引 (Rationing) ─── 権力者が富や負担を配分 │ (例: 予算編成、政府の課税)
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▼ 管理取引 (Managerial) ─── 上位者が下位者を指揮・統制 │ (例: 上司の業務命令、AI監視)
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◀─┼─▶ 交渉取引 (Bargaining) ─── 対等な当事者間の合意 (例: 労使交渉、市場の売買)
1. 交渉取引(Bargaining Transaction)
定義: 法律上、対等な関係にある当事者間で行われる取引です。
特徴: 互いの合意(契約)によって成立します。市場における商品の売買や、労働市場における個人の雇用契約、あるいは労働組合と経営陣との間で行われる「労使交渉」がこれに該当します。双方が拒否権を持ち、説得や妥協を通じて条件を決定します。
2. 管理取引(Managerial Transaction)
定義: 組織内部における、上級者(指揮者)と下級者(執行者)という非対称な指揮命令関係のもとで行われる取引です。
特徴: 効率的な生産や組織運営を行うため、上意下達で富や労働が作り出される過程を指します。企業内における「上司から部下への業務命令」が典型例です。本著における「AIによるリアルタイムの労働モニタリングやスコア化」がここに吸収されると、対等な協働ではなく、デジタル指標を盾にした「従属の強化(協働の強制)」に変質すると批判的に指摘されています。
3. 割当取引(Rationing Transaction)
定義: 自社内、あるいは社会全体の権力を持った上位組織(あるいは合意体)が、構成員に対して富の配分や負担の割合を一方的または制度的に割り当てる取引です。
特徴: 管理取引のような「指揮命令(あれをやれ)」ではなく、「成果の分配やコストの負担割合の決定」に主眼があります。具体例としては、政府による課税・社会保障の分配、裁判所による判決、企業内における「役員会による各部門への予算配分」や「人事部による総枠としての報酬原資の査定」などが該当します。
2026/6/6