酒を断ち、油をつくる~遺伝子改変と実験室内進化で実現する酵母の代謝改変~
この投稿は、今年読んだ一番好きな論文2018 () 16日目の記事です。 他の記事もとても面白いので、ぜひ覗いてみてください!
はじめまして。ばいおっちー(@BIocchi_et_al)と申します。
忘年会シーズンなこともあり、お酒を飲む機会がいつも以上に多く、記事の投稿がギリギリになってしまいました。
でもお酒があると飲んじゃうんですよね。なかなかお酒を断つことができません。
実はお酒を造る酵母もなかなか酒(造り)を辞めることができません。
今日紹介する論文は、そんな酵母を酒造りから油造りに転向させた論文です。
Yu, T. et al. Reprogramming Yeast Metabolism from Alcoholic Fermentation to Lipogenesis. Cell 1–10 (2018). doi:10.1016/j.cell.2018.07.013
【本論文のポイント】
出芽酵母S. cerevisiaeの遊離脂肪酸(FFAs)が大量生産できるように代謝経路の遺伝子を改変
その結果、33.4 g/Lの遊離脂肪酸を生産することに成功
S. cerevisiaeのエタノール生産を止めるために、適応実験室進化実験で代謝経路を改変、最適化
遺伝子改変によってFFAsを大量生産する株を設計し、その後代謝系の最適化を図るために実験室内進化実験を行っています(図1)。著作権抵触しそうでしたので、自作の図で読みにくいところが多々ありますがすみません(クリックすると拡大可能です)。
https://gyazo.com/5283162d5ab1d8a80c652b8bd2bae03c
図1. 代謝改変の流れ (紹介論文のFigure 1を改変)
微生物による遊離脂肪酸の生産
S. cerevisiaeを始めとする微生物は、有用物質生産の工場として使用されてきました。そんな物質生産の中でも、この論文ではFFAsの大量生産に着目しています。これまでに何種類かの微生物を用いたFFAs生産が行われてきました。
Cyanobacteria (0.2 g/L) (Liu et al., 2011)
E. coli (21. 5 g/L) (Xiao et al., 2016)
S. cerevisiae (7.4 g/L) (Zhou et al., 2016)
Y. lipolytica (10.4 g/L) (Ledesma-Amaro et al., 2016)
しかし、工業スケールで経済的に望ましい量を生産するにはまだまだ不十分な収量であり、さらなる改良が必要とされていました。そこで著者らはZhou et al.で作成した酵母の株YJZ45を使用し、より多くのFFAsを生産する酵母株の作成を目指しました。
グルコース抑制
S. cerevisiaeによる物質生産を行うとき、しばしばグルコース抑制によるエタノール生産が問題になります。酵母は栄養源のグルコースが豊富に存在すると、ミトコンドリアでの呼吸よりもエタノール発酵が優位に働きます。これは、高濃度のグルコースがミトコンドリア代謝に関連するタンパク質の発現を抑制すること、グルコースによるADPの減少を通じた呼吸の抑制が起こること(Crabtree効果)が関与しています。このエタノール生産はしばしば酵母における物質生産を妨げていましたが、厄介なことに、エタノール発酵を止めようとすると深刻な生育阻害が起こってしまいます。この論文の後半では、FFAsを高生産する酵母でこのエタノール生産を止める代謝改変を試みています。
結果
https://gyazo.com/4041b7e24642a6a0314663bc65a9709c
図2. 代謝経路改変の全体像 (Figure S1をもとに作成)
この論文で行っている遺伝子改変の手段は大きく分けて二つです。
酵母に新しく遺伝子を導入する、あるいは欠失させる。
転写量を制御するプロモーターを変更することで遺伝子の発現量を上げる / 下げる。
クエン酸生産の向上
FFAsが生産されるには、クエン酸から生合成されるアセチルCoAが必要です。そこで、まず著者らはFFAsの生産量を向上させるに、ピルビン酸がアセチルCoAに変換されるまでの経路を改変することを方針として立てました。ミトコンドリアで生成されるアセチルCoAはそのままではミトコンドリア膜を透過できず、輸送系が必要になります。グルコース抑制によってクエン酸の生産およびミトコンドリアから細胞質への輸送が抑制されることを考慮し、細胞質中のクエン酸生産を促す戦略を立てました。細胞質中でピルビン酸を生成する酵素PYC1とFFAs合成に関わるACC1を過剰発現させることによって、スタートの株YJZ45と比較してFFAの生産を14%向上させました。
次に、著者らはクエン酸のもとになるピルビン酸をミトコンドリア内に取り込む戦略を取りました。まず、ミトコンドリアにピルビン酸を取り込むタンパク質であるMpcの発現を上げることを考え、酵母が持つ3種類のMpcのうち(Mpc1-3)、MPC1&MPC3 (MPC)の二つのプロモーターをより発現量をあげるものに入れ替え、1,076 mg/LのFFAs生産に成功し、親株Y&Z010と比べて18%もFFAsの生産が向上しました。なお、代謝改変途中の酵母の株では、培養時間や条件 (72時間、フラスコで震蘯培養)が異なるため、最初に挙げたFFAs生産量よりもずっと少なっています。
次に、ピルビン酸からクエン酸を合成する経路の改変を行いました。油生産を行う酵母R. toruloidesが持つクエン酸合成酵素RtCIT1を導入し、親株Y&Z010と比べてFFA生産を20%向上させることに成功しました。
ミトコンドリア内で生産されたクエン酸をFFA生産に使用するには、ミトコンドリアから細胞質へクエン酸が輸送される必要があります。クエン酸の輸送にはすでに導入したクエン酸シャトルだけでなく (Zhou et al., 2016)、NADH-NADPH酸化還元シャトルの機構が使用されています。このシャトル機構では、NADHとNADPHの酸化還元状態に応じて分子を輸送しており、これにはクエン酸-2オキソグルタール酸トランスポーターYHM2が関与しています。つまり、細胞内の2-オキソグルタール酸を増やすことでFFAの生産量を増加できると筆者らは考えました。
そこで、YHM2, 2-オキソグルタール酸の生合成に関与するIDP2, A. nidulans 由来のACL(AnACL)の三種類のタンパク質をを導入しました(Y&Z019株)。その結果、Y&Z019株は1,166 mg/LのFFAsを生産することに成功しました。ここまでの遺伝子改変で、スタートの株YJZ45と比べてFFAs生産が46%向上しました。
https://gyazo.com/a654231fe0ac2601405877136b98973e
図 3. ここまでの代謝改変
ペントースリン酸回路 (PPP)と解糖系の調節によるNADPHの増加
アミノ酸の工業生産菌であるC. glutamicumや大腸菌E. coliにおいて、解糖系の酵素PGI1を欠失させると、解糖系からPPPへの代謝経路の切り替えが起こり、NADPHの供給が増加することがすでに知られていました(Smith et al., 2010: Charusanti et al., 2010)。しかしながら、酵母ではPGI1の欠失株はグルコースのみの培地で生育できないことが分かっていたため(Aguilera, 1986)、著者らはPGI1のプロモーターを転写量の少ないプロモーターに変更しました。そして、PPPに存在する遺伝子のいくつか(ZWF1, GND1, TKL1, TAL1)のプロモーターを、より転写量が多くなるプロモーターに変更しました。その結果、この酵母の株Y&Z023は、親株Y&Z019と比べて28%も遊離脂肪酸の生産量が向上しました。
イソクエン酸デヒドロゲナーゼ IDHを標的として炭素代謝の流れを再構築する
油を生産する真菌では、ミトコンドリア内のNAD+依存IDHの機能低下が、クエン酸を細胞質中に放出する引き金となり、油の大量生産が引き起こされることが知られていました。これはミトコンドリア内でNADHの減少を引き起こし、NADH-NADPH酸化還元シャトルを利用してより多くのクエン酸を細胞質中に放出する機構です。著者らはこの経路を利用し、細胞質中により多くのクエン酸を放出できるのではないかと考え、IDH遺伝子のプロモーターを転写力の弱いプロモーターに変更しました (Keren et al., 2013)。この株Y&Z036は、Y&Z023と比較して遊離脂肪酸の生産量が21%上昇しました。
https://gyazo.com/62cb0300c657f1d29f9f1b9873e050de
図4. 解糖系とPPPの調節、およびクエン酸回路の調整を行った後の代謝改変結果
代謝の流れを遊離脂肪酸の生合成に向けるための生育制御
油生産する真菌が油の過剰生産を行うためには、窒素等の栄養源が不足し、生育が停滞していることが必要でした。つまり、油生産と生育停滞とは切り離せない経路でした。このため筆者らは、FFAの生産することが生育を抑制しないように代謝経路を改変することを計画し、二つの戦略を立てました。
1. 生育を抑えてFFAsの生産を誘導する
生存必須遺伝子をグルコース量で制御されるプロモーターの下流に置き、酵母の増殖をグルコース量で調節できるように改変する戦略です。LEU2 (Y&Z051)または ERG9(Y&Z052)の株を作成し、グルコース抑制下で生育させた結果、親株Y&Z036と比べてそれぞれ16%, 25%のFFAs生産量が向上しました。
2. 窒素供給の抑制し、FFAsの生産を誘導する
Y&Z036を窒素抑制培地で生育した結果、FFAの生産量が47%向上 しており、これはY&Z052よりFFAsの生産量が17%高い結果となりました。さらに、Y&Z036をグルコース抑制+窒素抑制条件で生育させた結果、33.4 g/LのFFAが得られ、スタートの株と比較すると400%のFFA生産が達成されました(収率は約30% 0.1 g FFAs/g グルコース)。
https://gyazo.com/dc393a037e87bb2652ff07d5c84acca7
図5. 遺伝子工学による酵母の代謝改変結果
エタノール発酵経路の除去
ここまでの経路ではまだエタノール発酵は機能している状態で、FFA生産のための代謝経路の改変を行ってきました。
ここから先は、いよいよ酒(造り)を断つために代謝改変を行います。
そもそも、エタノール発酵は細胞質内のNADHを再酸化し、アセトアルデヒドから細胞内アセチルCoAを供給する重要な役割があります(エタノールはいわばその副産物です)。これらの機能を補いながらエタノール発酵を止めるために、著者らは強い選択圧をかけながら遺伝子変異を導入し、目的の形質を持った株に”進化させる”適応実験室進化(Adaptive labolatory evolution. ALE)実験を行いました。
今回の実験では、最小生育培地に2%エタノールを加えた条件でY&Z053の培養を開始し、2~3日に一回培地を交換しながら徐々にエタノールを減らしてグルコース濃度を上げていきます。これを約200世代に渡って行った結果、FFAsの大量生産(1.0 g/L)を維持したまま、エタノールの生産が生じない株(Y&Z055E)を得ることに成功しました。グルコースおよび窒素源を制限した条件下では、25 g/LのFFAsの生産が見られ、もっとも高い収量であったY&Z036のFFAs生産量に引けを取らない収量を得ることができたのです。
また、ALE実験を3つの独立した培養系で行った結果、全てのエタノール経路除去株でピルビン酸キナーゼPYK1遺伝子に変異があることが明らかとなりました。 野生型のPYK1遺伝子をALEで改変後の酵母に導入するとグルコース培地で生育できなくなるため、PYK1が重要な役割を担っていると示唆されました。
なお、エタノール発酵の重要な役割であるNADHの再酸化は、呼吸鎖が機能することによって実現されているのでないかと、筆者らは提唱しています。
https://gyazo.com/4041b7e24642a6a0314663bc65a9709c
図6. 実験室内進化による代謝の最適化後の酵母
ディスカッション
今回の代謝改変は、「FFAsを高生産する株を遺伝子工学の手法で作製し、実験室内での進化によって代謝系を最適化する」ことによって実現されました(筆者らはこのようなプロセスをdesign-build-evolution-test cycle, DBET cycleと呼んでいます)。
しかし、今回作製した株にも欠点もあります。今回作成された株はFFAsだけでなくグリセロールも高生産します。このグリセロール生産を抑えるような酵母も今回使用した手法で作製できると筆者らは主張しています。
また、生産されているFFAの種類は、代謝系の改変に伴って変化しています。生産する脂肪酸の種類を制御できるとより実用的になるのではないかと個人的には感じました。
おわりに。
今回の文献紹介では成功した経路の部分のみを紹介したのですが、論文中には様々な試行錯誤が記載されています(むしろ上手くいかなかったケースの方が多いくらい)。長い年月を経て代謝経路は絶妙なバランスで構築されているため、個別のパーツを安直にいじってもなかなか思い通りの代謝改変とはいかないようです。ですが、遺伝子工学と実験室内での進化を上手く組み合わせることで、今回の論文にあるような大きな代謝改変を可能にできるというのが、個人的に面白いと感じたので今回紹介しました。
参考文献
Aguilera, A. (1986). Deletion of the phosphoglucose isomerase structural gene makes growth and sporulation glucose dependent in Saccharomyces cerevi- siae. Mol. Gen. Genet. 204, 310–316.
Charusanti, P., Conrad, T.M., Knight, E.M., Venkataraman, K., Fong, N.L., Xie, B., Gao, Y., and Palsson, B.O. (2010). Genetic basis of growth adaptation of Escherichia coli after deletion of pgi, a major metabolic gene. PLoS Genet. 6, e1001186.
Keren, L., Zackay, O., Lotan-Pompan, M., Barenholz, U., Dekel, E., Sasson, V., Aidelberg, G., Bren, A., Zeevi, D., Weinberger, A., et al. (2013). Promoters maintain their relative activity levels under different growth conditions. Mol. Syst. Biol. 9, 701.
Ledesma-Amaro, R., Dulermo, R., Niehus, X., and Nicaud, J.M. (2016). Combining metabolic engineering and process optimization to improve pro- duction and secretion of fatty acids. Metab. Eng. 38, 38–46.
Liu, X., Sheng, J., and Curtiss, R., 3rd. (2011). Fatty acid production in genetically modified cyanobacteria. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 108, 6899–6904.
Smith, K.M., Cho, K.M., and Liao, J.C. (2010). Engineering Corynebacterium glutamicum for isobutanol production. Appl. Microbiol. Biotechnol. 87, 1045–1055.
Xiao, Y., Bowen, C.H., Liu, D., and Zhang, F. (2016). Exploiting nongenetic cell-to-cell variation for enhanced biosynthesis. Nat. Chem. Biol. 12, 339–344.
Zhou, Y.J., Buijs, N.A., Zhu, Z., Qin, J., Siewers, V., and Nielsen, J. (2016). Production of fatty acid-derived oleochemicals and biofuels by synthetic yeast cell factories. Nat. Commun. 7, 11709.