かな漢字変換という言葉の歴史
かな漢字変換という用語を作り出し、直接に研究していたのは九州大学の栗原俊彦教授の系統の人々であった。
九州大学工学部の栗原俊彦の「カナ漢字変換」初出論文。
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カナ漢字変換という用語は使われていないが同等の研究は、後にNHKに就職した相沢輝昭が京大時代に長尾真の指導で行っていた。NHKプロジェクトXで同音語の例示に使われた「かれはががくせいです」(彼は画学生です、枯葉が学生です)はこの1963年の論文から採られたものである。
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栗原先生は1973年(昭和48年)1月4日に物故されていて、「第1報」以後の歴史が良く分からない。そこで、九大の関係者である鶴丸弘昭氏、首藤公昭氏、稲永紘之氏にお骨折り頂いたところ、第6報まで発掘できた。栗原先生の衣鉢はお弟子さんであった稲永先生が継がれていた。
九州大学工学集報関係
栗原俊彦、黒崎悦明:仮名文の漢字混り文への変換について 昭和42年 九州大学工学集報第39巻・4号 pp.659-664
栗原俊彦、稲永紘之:カナ漢字変換[Ⅰ] 昭和45年1月 九州大学工学集報第42巻・6号 pp.880-884
電気関係学会九州支部連合大会関係
栗原俊彦、黒崎悦明、小西彬允: カナ漢字変換について(第1報)  昭和41年10月
栗原俊彦、稲永紘之、小西彬允: カナ漢字変換について(第2報)  昭和43年10月
栗原俊彦、稲永紘之、小西彬允: カナ漢字変換について(第3報)  昭和44年11月
栗原俊彦、稲永紘之、小西彬允: カナ漢字変換について(第4報)  昭和45年10月
栗原俊彦、稲永紘之、小西彬允: カナ漢字変換について(第5報)  昭和46年10月
栗原俊彦、稲永紘之、小西彬允: カナ漢字変換について(第6報)  昭和47年11月