3D技術を応用したジョウビタキの繁殖環境の解明
石井華香(修士1年)
Breeding environmental analysis of Daurian redstart (Phoeniurus auroreus) applying 3D technology
Hanaka Ishii(M1)
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(概要)
ジョウビタキは近年日本で繁殖規模を拡大させている渡り性の小鳥である。これまで国内で確認されたジョウビタキの繁殖事例は全て人工構造物を利用しており、郵便受けや屋根の梁、ガレージ等に巣を作っていた。この研究では、繁殖地と非繁殖地の人工構造物のモデルを、3Dレーザースキャナーで得た点群データとデジタルカメラの写真データから作成・比較し、ジョウビタキが繁殖した人工構造物の特徴を明らかにする。都市環境が発達する中、人工的な環境に適応して繁殖する鳥類が増加している。人工的な環境を利用するジョウビタキの繁殖環境分析は、構造物に焦点を当て、3D技術を利用するという画期的な研究アプローチの確立に役立つと考える。
1.研究背景
人間が経済活動を展開していくにつれ都市環境が増加し、森などの自然的環境は分断化されてきた(Ripple et al. 2017)。これに伴い、都市環境に適応して生活する鳥類が増え、繁殖場所が多様化している(Chace & Walsh 2006; Reynolds et al. 2019)。繁殖地選択は種や個体群の長期的存続と密接に関係するため(Boulinier et al. 2008)、特に注目すべきである。
ジョウビタキ Daurian Redstart (Phoenicurus auroreus)はスズメ目ヒタキ科に属する渡り性の小型鳥類である(日本鳥学会 2012)。本種は、中国北部、モンゴル、韓国、ロシアのバイカル湖周辺で繁殖し、日本や中国南部、インドシナ北部で越冬する(日本鳥類保護連盟 2002)。ただし、ジョウビタキはここ数年間で繁殖分布を拡大し、越冬地である日本で繁殖を行うようになっている。例えば、長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳(林 & 山路 2014; 山路 & 林 2018)、岐阜県高山市(宝田 2016; 宝田 2017)、鳥取県大山町(楠 & 楠 2018)が国内の大きな繁殖地である(図1)。年々繁殖数を増やしており、今後も日本で繁殖を拡大させていく可能性が高い(山路 & 林 2018)。ジョウビタキは自然環境にも人工構造物にも営巣するという繁殖特徴を持つが(Gombobaatar & Christophe 2019)、現在までに日本において確認されている巣はすべて人工構造物を利用している(山路 & 林 2018)。本種の繁殖環境に関しては、日本における研究は、山路 & 林 (2018)が営巣場所周辺の土地利用、営巣した家屋の人的利用頻度や利用目的との関連性を調べている。Bird Study誌に投稿中の論文では、主に土地被覆の点から繁殖環境の選好性を調べた(査読中)。中国ではZhang et al. (2020)が繁殖成功に関わる営巣場所の条件を調べており、モンゴルにおいては鳥群集内での他種との営巣ニッチの差異(Bai et al. 2005)が報告されている。
従来の繁殖環境研究は、巣の作られた樹木や周辺の土地利用を調べるものが多かった(Berg 2008; Jokimaki et al. 2017; Mueller et al. 2009; Osborne et al. 2001)。近年では3次元レベルでの環境解析もなされるようになっているが、3D技術を応用した研究はまだ発展途上だと考えられる。しかし、都市環境を利用する鳥が増えれば人工構造物を利用する繁殖例も増え、人工構造物に注目した研究が増える可能性がある。そのような研究の先立てとなりうる本研究は、ジョウビタキの繁殖が確認された人工構造物に着目し、その特徴を調べたいと思う。
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図1. 日本の主要繁殖地を赤丸で示した。左から鳥取県大山、岐阜県高山市、八ヶ岳(長野県・山梨県)
2.研究手法
2.1.研究対象地
岐阜県高山市の主要繁殖地(南北約1.27km、東西約2.39km、約3.05㎢、36°08' 18.750"-36°08'59.999"N, 137°15' 11.250"-137°16' 46.874"E、図2参照)を対象とする。この範囲において2014年から2019年までの観察記録によると、繁殖確認数は79、繁殖の可能性があるものが26となっている。高山駅に近く、住宅地として発達している土地である(図3)。
高山市と同様最大級の繁殖地である八ヶ岳や鳥取県大山の繁殖地は、スキーリゾートがあり、観光地や避暑地として開発が進んだ場所である。標高は1000m前後である。一方で高山市は住宅地であり、他二つの主要繁殖地と比べて標高は約600mと低めである。ケッペンの気候区分で高山市と大山は Cf(温暖湿潤気候)であり、八ヶ岳は県境をまたぐ広範囲を示していることから、Cf(温暖湿潤気候)とDf(亜寒帯湿潤気候)の地域がある。
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図2. 高山市の主要繁殖地。図の左下に写るのはJR高山駅で、主な繁殖地は中央から図右側にかけての住宅地である。(国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスより)
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図3. 研究対象地の様子1枚目。林縁の住宅地である。
2.2.手法
2.2.1.調査対象
ジョウビタキが繁殖した人工構造物の特徴を明らかにするため、営巣物周辺の3Dモデル化を行う。研究対象地である高山市はガレージを併設した家屋が非常に多い(図4)。2019年までに記録された繁殖場所のうちガレージが35件と最も多かったことから(未発表データ)、ガレージに特化してデータを集めようと思った。繁殖した構造物には換気扇用フードや巣箱などもあるが、これらを全て同じ基準で測ることは難しく、構造物ごとに分類して計測すると調査の負担が重くなる。研究対象をガレージに絞ることで、分析するためのサンプル数が確保でき、同じものさしで構造物を計測することができると考えた。
比較するものは営巣ガレージと非営巣ガレージである。非営巣地は営巣ガレージの近隣から選定する。近隣のガレージから選ぶ際の基準は、営巣ガレージ宅の隣の家のガレージを優先し、そこが不在または許可が得られなかった場合は近隣のガレージのあるお家を非営巣の代表地とする。非営巣ガレージの選定方法をこのようにすることで、周辺環境の条件(土地利用、土地被覆、周辺の餌資源量、交通量等)をほぼ揃えることができ、さらに調査へのご協力も得やすいだろうと考えた。
<概要>
営巣ガレージと非営巣のガレージ(営巣したガレージの近隣)のデータをとる。
→営巣ガレージにおいては巣を中心に半径数mの表面積・可視域を計測する。非営巣ガレージの場合は、隣の営巣ガレージと類似した場所を中心に計測したい。
例1)ガレージの北側梁に営巣していたら、隣家のガレージ(=非営巣ガレージ)においても北側梁のデータをとる。
例2)ガレージ内の物置き台に営巣していて、隣家のガレージ(=非営巣ガレージ)には物置き台がないという場合は、近隣のガレージのうち物置き台を設置しているお家のデータをとる。
→半径の値を変えながら、表面積・可視域に有意差があるかどうかを分析する。
2.2.2.現地調査
サンプル数の目安は営巣ガレージと非営巣ガレージを15件ずつ、計30件を目標とする。データ取得範囲はガレージ全体とする。建物その他の私有物をデータにするので、事前にガレージの所有者・土地所有者の許可を得られた場所で調査する。
調査させていただくお家の方々に調査の説明をしつつ調査を行うため、調査時間の目安は午前10時から午後4時までとする。現地調査(3Dレーザースキャナーによるデータ収集)にかかる時間は一件あたり約30分~1時間と見込んでおり、その時間と機器充電の都合上、一日あたり5~10件前後のデータ収集を目標とする。調査一回あたり1泊2日〜2泊3日、計2-3回前後の調査を想定している。
繁殖個体がいる可能性があるので、ジョウビタキの声を聞いたり姿を見たりした場合は様子を見て、繁殖活動を妨げない最善の行動をとる。脚立や梯子を使う可能性があるので、あらかじめ調査させていただくお家の方にご了承いただくかまたは持参する。新型コロナウイルス対策のため、調査者は調査2週間前から日々の行動記録をつけ、毎朝検温をする。体調が少しでも優れない場合は、無理せず調査を延期する。調査時はマスクを着用する。
2.2.3.モデリング手法
二つの3D技術の併用を考えている。一つ目は、3Dレーザースキャナーを用いて点群データを構築する手法である。使用予定の機材はStonex社のX300である。三脚の上にスキャナーを置き、道路測量と類似した方法で調査を実施する。下25°上65°水平方向(左右)は360°の空間をスキャンすることができる。奥まった場所ではハンディタイプのレーザースキャナーを導入することも考えているが基本的にはX300を使用する。この3Dレーザースキャナーで得られた点群データのファイル拡張子を2つのソフトウェア(X300 File Manager, Autodesk ReCap)で変換し、Autodesk ReCapで点群データを処理・加工、Autodesk Civil3Dで点群データからサーフェスモデルを作成する。更にサーフェスからソリッドモデルを抽出し、AutoCADで計測その他の作業を行う。二つ目のモデリング手法はデジタルカメラの写真データからAgisoft Metashapeで3Dモデルを構築するものである。画像から3Dモデルを作成するには、様々な角度から撮影し撮影枚数を増やす必要があり、データの精度と時間効率を考えると、本研究は一つ目の方法のほうが望ましい。しかし、3Dレーザースキャナーは一度に多くの3D点群データを得ることができるが、光の特性上、黒色の物体・ガラスなど透明なもの・鏡や光沢のある金属などは計測しにくい又は計測不可とされる。そこで3Dレーザースキャナーの苦手とする物体が空間中に存在する場合に、データ補完のため二つ目の手法を併用するのが有効であると考えた。ただしMetashapeは学生版でも有償ソフトウェアとなるので、森基金が認可された場合は二つの手法を併用する。もし研究資金が得られなかった場合は、3Dレーザースキャナーのみを利用する。
2.2.4.分析項目
最終的にはAutoCADにてソリッドモデルを使って「可視域」と「表面積」を計測する。ソリッドモデルは建物における3D分析では利用されている方法である(Tashi et al. 2018)。可視域は巣からの視界の広さであり、外敵からどの程度隠れようとしているのかを示す。一般に、可視域は生態学において重要視されており、近年可視域の分析も行われるようになってきた(Aben, Pellikka, & Travis, 2018 )。表面積の計測も「外敵からどれくらい隠れられるのか」という同様な目的ではあるが、周囲の構造にどの程度紛れ込んで隠れているのかという立体的な視点で繁殖特徴を考えることができると思う。可視域の算出にはRパッケージ”viewshed3d”を活用したい(Lecigne et al. 2020)。表面積はAutoCAD上で巣が作られた場所を中心に半径〇〇mと定めて、その範囲内の表面積を集計する。半径何mが妥当かについては先行研究がないので、数十cm単位や1m単位で有意差が認められる半径の数値を探す。
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図4. 研究対象地の様子2枚目。多くの家がガレージを所有している。(Google Map)
3.仮説・予想
これまで国内で確認された繁殖場所は郵便受け、換気扇用フード、戸袋、排気ダクト、屋根の梁、巣箱が多く見られた。繁殖が確認された地区は築30年以上経つ建物が多く、そうした建物の構造や隙間が格好の営巣場所になったと考えられる。ジョウビタキと同様に人工構造物を利用するツバメの繁殖環境研究では、半閉鎖的空間が選ばれているとされている(藤田 1993)。藤田(1993)の結果を支持するように、出入り口以外の面が塞がれ天敵に見つかりにくい構造になっていたり、本来の繁殖場所である樹洞に似ているスペースがあったりすることが、営巣に適した場所の条件として浮かび上がると予想する。3次元空間で営巣環境を分析することにより、営巣場所では入り組んだ構造や構造物の凹凸が多いという結果になると考える。しかし、構造が複雑すぎて可視域も狭いと、身に危険が迫ってきていても気づけない。つまり繁殖場所として選ばれているのは、ある程度複雑な構造であり、ある程度の可視域も確保できる空間だと予想する。
4.研究の展望
ジョウビタキが繁殖に利用する人工構造物を解明するほか、ジョウビタキに限らず生物の生息環境を3D技術で解明するというアプローチに対し、知見を与えることのできる研究になりうる。繁殖地選択は種や個体群の長期的存続と密接に関係するため(Boulinier et al. 2008)、研究が盛んに行われている。都市環境に適応して生活する鳥類が増え、繁殖場所が多様化していることから(Reynolds et al. 2019)、都市における繁殖環境やジョウビタキのような人工構造物を利用する繁殖に着目した研究が増加していくだろう。さらに、従来は巣の作られた樹木や周辺の土地利用の調査手法が主流であったため、特定の種の繁殖環境分析という視点で3D技術を用いた研究はほとんどない。つまり、本研究は繁殖環境を3次元で分析するという新しい手法を用いた研究になるので、繁殖地選択に関する研究に将来的に貢献する研究にしていきたい。
5.引用文献
(1) Aben, J., Pellikka, P., & Travis, J. M. J. (2018) A call for viewshed ecology: Advancing our understanding of the ecology of information through viewshed analysis. Methods in Ecology and Evolution, 9, 624–633.
(2) Bai, M. L., Wichmann, F., & Muhlenberg, M. (2005) Nest-site characteristics of hole-nesting birds in a primeval boreal forest of Mongolia. Acta Ornithologica, 40(1), 1-14.
(3) Berg Ake. (2008) Habitat selection and reproductive success of Ortolan Buntings Emberiza hortulana on farmland in central Sweden - the importance of habitat heterogeneity. Ibis. 150(3). 565-573.
(4) Boulinier, T., Mariette, M., Doligez, B., Danchin, E., 2008. Choosing where to breed-Breeding habitat choice. In: Danchin, E., Giraldeau, L.A., Cézilly, F. (Eds.), Behavioural Ecology. Oxford University Press.
(5) Chace JF, Walsh JJ (2006) Urban effects on native avifauna: a review. Landscape and Urban Planning. 74(1): 46-69.
(6) 藤田 剛 (1993) 営巣場所によるツバメの繁殖成功度の違いー予報ー Strix12: 35-39.
(7) Gombobaatar S, Christopher L (2019) Birds of Mongolia. Prenceton University Press.
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(9) Jokimaki Jukka, Suhonen Jukka, Vuorisalo Timo, Kover Laszlo, Kaisanlahti-Jokimaki Marja-Liisa. (2017) Urbanization and nest-site selection of the Black-billed Magpie (Pica pica) populations in two Finnish cities: From a persecuted species to an urban exploiter. Landscape and Urban Planning. 157, 577-585.
(10) 楠ゆずは, 楠なづな. (2018) ジョウビタキの子育て観察記. BIRDER. 32(1): 26-27.
(11) Lecigne, B., Eitel, J. U. H., & Rachlow, J. L. (2020) viewshed3d: An r package for quantifying 3D visibility using terrestrial lidar data. Methods in Ecology and Evolution, 11(6), 733-738.
(12) 三上, 修. (2019) 鳥類による人工構造物への営巣:日本における事例とその展望. 日本鳥学会誌, 68(1), 1-18.
(13) Mueller Daniel, Schroeder Boris, Mueller Joerg. (2009) Modelling habitat selection of the cryptic Hazel Grouse Bonasa bonasia in a montane forest. J of Ornithol. 150(4): 717-732.
(14) 日本鳥学会 (2012) 日本鳥類目録 改定第7. 日本鳥学会.
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(16) Osborne PE, Alonso JC, Bryant RG. Modelling landscape-scale habitat use using GIS and remote sensing: a case study with great bustards. Journal of Applied Ecology. 2001, vol. 38, no. 2, p. 458-471.
(17) Reynolds, S. J., Ibanez-Alamo, J. D., Sumasgutner, P., & Mainwaring, M. C. (2019) Urbanisation and nest building in birds: a review of threats and opportunities. Journal of Ornithology, 160(3), 841-860.
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(19) 宝田延彦 (2017) ジョウビタキ2017. 飛騨の野鳥 2017(12): 3.
(20) Tashi, Ullah, A., Watanabe, M., & Kubo, A. 2018. Analytical Point-Cloud Based Geometric Modeling for Additive Manufacturing and Its Application to Cultural Heritage Preservation. Applied Sciences-Basel, 8(5), 18.
(21) 山路 公紀, 林 正敏. (2018) 八ヶ岳とその周辺におけるジョウビタキの繁殖状況と環境の特徴. Bird Res. 14(0): A23-A31.
(22) Zhang Lei, Zhang Haiwang, Wang Juan, Zhang Li, Cheng Yating, Wan Dongmei. 2020. Nest site selection and breeding success of Daurian redstart Phoenicurus auroreus in northest China. Acta Ecologica Sinica, 40(1), 70-76.