音楽的期待に基づく漸進的構造解析によるジャズ和声の意外性に関する考察
◎小椋裕太, 大村英史(東京理科大学), 東条敏(北陸先端科学技術大学), 桂田浩一(東京理科大学)
認知的音楽理論は,音楽を「聴く側」の認知過程を踏まえた音楽の分析理論である.その一つである Generative Syntax Model (GSM) は,和声進行に関する文脈自由文法を定義することで,和声進行における期待-実現の構造を階層的に表現できることを示した.しかし,GSM をはじめとする従来の認知的音楽理論は楽曲聴取後の認知構造のみを表現しており,楽曲聴取中の認知構造である音楽的期待については議論されていない.しかし,楽曲聴取中の期待の逸脱や実現こそ音楽の意味である.そこで,本研究では楽曲途中の認知構造の表現を行うために,GSM を確率文脈自由文法に拡張する.これにより,漸進的構造解析を行うことが可能になる.このモデルを実装した和声解析システムを用い,ジャズ楽曲の和声進行の解析を行った.解析結果から,提案モデルが和声進行における楽曲途中の解釈の多様性や,楽曲における意外性の生じる位置を示唆していることが分かった.
SUACの長嶋です。まず、「楽曲聴取中の期待の逸脱や実現こそ音楽の意味である」に全面的に賛同します。(^_^)
さて、予稿の図5の"Cute"(この曲は知らなかったのですがYouTubeでいくつもの演奏がありました。いい時代です(^_^))の
「Dm7→G7→CM7→Dm7→G7→Gm7→C7→FM7→Bb7→Em7→Am7→Dm7→G7→CM7」
というコードの部分について。
7小節目のGm7から8小節目のC7ですが、これは6→7小節の「G7→Gm7」が、予測/期待が外れたノンダイアトニックコード(NDC)のGm7に進むことでUの値がとても小さくなるのは当然で、そこが醍醐味です(逆にマイナー7thから同じルートのドミナント7thに進むのはよくありますが)。
そしてこのGm7は、続くNDCであるC7へ進む「ツーファイヴ」進行である、ということで、「Gm7→C7」の段階でリアルタイム聴取は「解決・安堵」という「快」になると思います。
意外なGm7を出してまで「ツーファイヴ」でNDCであるC7になぜ進んだかと言えば、全体(Key=C)のサブドミナントであるFM7に「いかにもサブドミナント進行」(domunant motion : トライトーンの解決)したかったから、ということで、納得です。
木構造ではここで「FM7が親として予測される」と書かれている(転調?)のはちょっと違和感があります。この段階では転調でなく、確固としてKey=Cのまま、強くサブドミナントに進んだだけです。
さて本題です。その次の8小節からです。
サブドミナントのFM7に続くNDCのBb7ですが、これを「転調したキーFでのサブドミナントマイナー」と解釈している記述がちょっと解せません。
ここは予稿ではUはそれほど小さくなっていないので、個人的にはここがこの木構造システムの弱点だと思います。
Key=Fの転調とまではいっていなくても、FM7から一瞬オブリガートとして近親コードのBb7を鳴らすことまではアリです。
ただし問題はその次で、ここだけ見ると「Bb7→Em7」で、これは予測/期待から外れることでUの値がとても小さくなるのは当然で、先が見えずに放り投げられた感じになります。
なお予稿の「Cメジャーにおけるトニックとして分析されるEm7」というのは間違いで、CメジャーではEm7は弱いドミナントであり、その次のAm7が(弱い)トニックです。
ここの解釈(楽曲聴取中の期待の逸脱や実現)ですが、Bb7は一つ飛ばしたAm7に進行するドミナントとして、後で解釈されることで納得できます。
このAm7はトニックですが、実は直前のEm7から「ツーファイヴ」で進む場合にはA7になり、また、一つ飛ばした前のBb7からのextended dominant(裏ドミナント: 半音下降)と解釈してみると、このBb7→A7も、聴取時に「予測/期待」されます。
このA7というのはよくある美味しいコードで、これをドミナントとしてD7に進み(secondary dominant)、そこからお約束のように→Dm7→G7などと、キー:Cにがっちり戻ってきて安堵します。
・・・という予測/期待が盛り上がるA7で受けずに、ここで敢えて(弱い)トニックの大人しいAm7で受けることで、フト冷静に返って、その後のお約束の「Dm7→G7→CM7」に進む、というのが、この部分を聞いた僕の解釈です。
結果として、途中だけ抜き出すと「Bb7→Em7→Am7」という部分は、初見の時にはなかなか新鮮な意外性があったのですが、何度か"Cute"を聞いてみると、なるほどこれもアリで良いね・・・となりました。
いかにも「お約束」的にギラギラしたA7でなく、Am7で受けているのがとてもcoolです。
コード進行に強い演出の主張を持たないのですが、シンプルなメロディー音が個々のコードとの関係で生み出すテンションがとてもスマートでかっこいい曲だと思いました。(^_^)
参考文献です
平賀さんとか、平田さんとか、平井さんとか、片寄さんとかからのコメントも欲しいですが。
都立大の安藤です。「聴く側」の音楽理論なのに、コードネームシンボルの解析になっているのが、もったいないように思えます。(和声について聴いている内容をシンボル化するとしたら、ジャズの実際の演奏の和音には、テンションや裏コード、ルート抜き、5度抜きが自在に入ることになるので、ボイシングの把握→(単音フレーズも含むならフレーズを構成しているスケール……つまりテンションの把握→)テンションを省いたコードネームへのシンボル化……という流れのように思えます)
↑ ここに反応しますね。聴取者の感じ方、展開への期待があって、その原理・原則が何かを考えることが認知的音楽理論だと思います。その原理にどういう呼び名でアクセスしていけば良いのかという大きな課題があります。原理・原則への意識が十分にあればという前提にはなりますが、従来音楽理論で参照している用語を使うこと自体は問題ないと考えます。複数の予測が走ること、階層的な予測があること、それらのモデリングをしていきたいという考え方には賛同いたします。関連して予測範囲や階層数等のマジックナンバーが気になるところです。(個人の音楽的素養が問われるところ?)。ある展開が観測された際、振り返って「あの暗意はこういうことだったんだ」という納得感も扱えるようにしていきたいところですね。(気持ち良さとは別かもしれない「をかし」の感覚)。(片寄)
安藤先生の追記について、まさにそうだと思います。複数のラインで当初は認知的負荷を伴ったものがクリシェとして一般化しちゃったというのもありますね。裏コードでライン追いかけたら、二方向半音進行浮かび上がってきたとかも。こちらが先だったかもというお話もありです。音楽面白いです。
小椋
たくさんのコメントありがとうございます。
長嶋先生
Bb7では、Uが小さくなってないじゃないか。というのはその通りで、このシステム(GSM含め)の弱さであると考えています。口頭でも答えたように、漸進的なグルーピングをすることや、本当にルートがIM7 or Im7だけで良いのか?という点など、木構造が認知的リアリティを持ち合わせているのかという点で議論する必要があると思います。
安藤先生
「聴く側」の認知過程として、シンボル化はもっと後なのではないか?というのは、その通りです。その意味では、単に「聴く側」というより、jazz演奏者(曲 or ジャズの一般的なルールを知ってる人)が聴く時という表現の方が正しいかもしれません。
片寄先生
「複数の予測が走ること、階層的な予測があること、それらのモデリングをしていきたい 」という点が一番やっていきたい点です。個人間(background)によっても解釈に違いが現れると思うので、その点も考えていきたいです。納得感というのはいいですね!
マジックナンバーとして、今回は、各ステップにおいて出力(計算)する木構造を100個に制限しています(枝刈り)。←初めから木構造を構成していくために、全ての可能性を保持していくと指数関数的に計算量が増えてしまうんですよね、、(100位以下に可能性があるかもしれない点は考慮できてません。。)
(長嶋先生)のコメントのように繰り返し構造のブロックごとのリアルタイム解釈というものもしていきたいです
(追記について) なるほど。realizationした時に過去を忘れる・消去するというのは有用そうです。参考論文も拝見します。
はい、枝刈りに関連して、チャンク先頭(例えば、メロディを歌い出すとすればどの音符からなのかとか)のお話があって、それと、ある部分で realization がなされた時、過去(や複数解釈)を忘れるというようなインプリも必要かなと思っています。(←個人的な聴取感覚でのお話)
(長嶋)
なるほどJazzだとEm7はCM7+9でTonicかもですね。トライトーンが無いのでドミナント機能はありませんから。
でも、それだとEm7→Am7はずっとTonicで面白くないですね。(^_^;)
平田さんのコメントにあったように、曲全体を1本の木にしないで、繰り返し構造のブロックごとにリアルタイム解釈したいですね。