練習の効果
上達曲線は冪曲線
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みそさざい
何かの練習を始めるとき、最初のうちは上達が実感できるものの、続けるうちに上達の速度が落ちたりスランプに悩んだりすることは誰もが経験することだと思います。Gerald Weinbergの名著「ライト、ついてますか」などの翻訳者としても有名な東京工業大学名誉教授の木村泉氏は、練習量と上達の関係を定量的に評価したいと考え、大量の折り紙を自分で折るのに要する時間を計ることによってその関係について考察しました(*)。木村氏は、吉沢章氏の「創作折り紙」という本で紹介されている「みそさざい」という作品を15万回(!)折り続け、折るのにかかった時間がどのように変化したかを記録しました。折るのに要した時間を縦軸に/試行回数を横軸にして両対数グラフを描いた結果として次の図が報告されています。 http://gyazo.com/600a25ec36d1e53089a58f45213a31f7.png
みそさざいを折った練習回数と作成時間
同じ折り紙を15万回も折り続けて時間を計測するという途方もない努力の結果、とても興味深い結果がこのグラフにあらわれています。このグラフでは以下のような特徴を見ることができます。
練習回数と上達度は冪乗則に従う
両対数グラフ上にプロットしたグラフが直線になるような関係があるとき、これらは冪乗則(べき乗則/巾乗則/Power Law)に従うといいます。実験結果を見ると上達度は奇麗に冪乗則に従っていることがわかります。このことを木村氏は練習の冪乗法則と名付け、様々な考察を行なっています。たとえば$ 2倍上達するのに$ 100回の練習が必要なのであれば、$ 2 \times 2=4倍上達するのに$ 100 \times 100=10000回の練習が必要だということになります。なかなか上達の道は厳しいことがわかります。 スランプの時期がある
練習量と上達度はおよそ冪乗則に従うというものの、練習しても上達しない「スランプ」の時期が結構あることがわかります。スランプの時期は練習しても上達しないばかりか、かえって下手になっていくこともあります。しかしスランプを脱出すると、一気に上達が進み、大局的には冪乗則のとおり上達が進みます。
値の揺れのパタンがある
急速に上達したと思っても揺り戻しのようにスランプ状態になっている場合が何度も観測され、周期的にギザギザしたグラフになっています。上達の様子に何故このような傾向があるのかについては研究が必要でしょうが、なんらかの試行錯誤的なニューロン変化が脳内で起こることによって、一時的には下手になったように見えつつも最終的に上達が目に見える形として出現しているように思われます。
コンピュータ上の最適化計算(様々なことを最もうまく実現する条件をみつける計算。乗換案内の経路探索は比較的簡単な最適化計算です)でも同じようなパタンが見られることがあります。8×8のチェス盤と8個のクイーン(http://gyazo.com/e04213914618bdb9a475297d344c62a6.png)を用意し、ふたつのクイーンが同じ行や列や斜め線上に並ばないように配置するという「8-Queen」というパズルがあります。次の上側の図ではすべてのクイーンが異なる行や列に配置されており、ふたつのクイーンが斜めに並んでいることもないので、これは8-Queenパズルの正しい解のひとつになっていますが、下側の図では灰色の背景のところのクイーンが斜めに並んでしまっているのでこれは8-Queenの解ではありません。解は全部で92通り(対称なものを同じと考えると12通り)あり、人間がこれを解くのはかなり大変ですが、コンピュータを使えば簡単に解くことができます。
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8-Queenの正解のひとつ
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解ではない配置
コンピュータで8-Queenパズルを解こうとする場合、端から順番にクイーンを配置してみてそれが正解になっているかを判定するという総当たり方式で答を捜すのが一般的ですが、確率的な最適化アルゴリズムである遺伝的アルゴリズムを使って解くこともできます。遺伝的アルゴリズムとは、遺伝子が徐々に変化していくことによる生物進化と同じような方法を使ってコンピュータ上で最適値を計算するアルゴリズムです。正しい答を計算するのは難しいけれども答がどれぐらい良いものかを判断することは可能な問題があるとき、最初にランダムな答をいくつか用意するところからはじめて、段々良い答に変化させていきます。答を変化させるとき、生物ば子孫を残すときと同じような遺伝子の交配(ふたつの答の一部を交換する)演算や突然変異(答の一部をランダムに変化させる)演算を適宜行なうことによって、理想的な答にだんだん近付いていくことを期待するというわけです。 下図は20×20の盤を使った「20-Queen」を遺伝的アルゴリズムで解いてみようとした例です。最初にランダムな解の集合を用意し、なるべくクイーンの衝突が少ないものが残るように遺伝的操作を繰り返しながら新しい世代を計算していくと、平均衝突数が減少していきます。
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遺伝的アルゴリズムによる試行錯誤が行なわれた結果として解が最適値に近付いていく様子がわかりますが、単調に近付くのではなく、良くなったり悪くなったりしながら全体として最適解に近づいていく様子は、前述の折り紙の上達曲線と似ているといえるでしょう。
人間の上達曲線にもコンピュータで最適値を求める曲線にもパタンが存在するのであれば、これをうまく活用する方法が考えられるでしょう。たとえば何かを練習しているとき、一度でもうまくいったことがあるならば、その後で多少スランプが続いたとしても「脳の中で試行錯誤が行なわれているのだ」と解釈して練習を続ければ、一定期間後にスランプを脱出できる可能性は高いでしょう。木村氏のデータでは1万回目から2万回目までほとんど上達がみられていません。これだけスランプが続くと嫌になりそうなものですが、冪乗則を信じていたならば必ずスランプを乗り越えられると期待できたでしょうし、スランプ脱出の時期も大体予測できたから実験を続行できたのかもしれません。逆に、上達の見込みが無い場合は初期段階において上達曲線の傾きがゆるやかでしょうから、上達が遅い傾向が明らかであれば早目に見切りをつける決心がつくかもしれません。先が見えてしまうことは悲しいこともあるでしょうが、人生を無駄にしないためにこのようなデータを利用することは意義がありそうです。