自己啓発書を冷やかな目でみる風潮は明治時代にすでに存在していた
(中略)自己啓発的な雑誌を「こんなものがあることすら知らなかった」と、ひややかな目で見るエリート男性。……これはまさに現代でもしばしば見られる現象ではないか。
宗助は大きな姿見に映る白壁の色を斜ななめに見て、番の来るのを待っていたが、あまり退屈になったので、洋卓の上に重ねてあった雑誌に眼を着けた。一二冊手に取って見ると、いずれも婦人用のものであった。宗助はその口絵に出ている女の写真を、何枚も繰り返して眺ながめた。それから「成功」と云う雑誌を取り上げた。その初めに、成効の秘訣ひけつというようなものが箇条書にしてあったうちに、何でも猛進しなくってはいけないと云う一カ条と、ただ猛進してもいけない、立派な根底の上に立って、猛進しなくってはならないと云う一カ条を読んで、それなり雑誌を伏せた。「成功」と宗助は非常に縁の遠いものであった。宗助はこういう名の雑誌があると云う事さえ、今日こんにちまで知らなかった。